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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

文字曼荼羅の題目直下のこと

大石寺の本尊観と日蓮本仏の関係については、あの板本尊に現された筆法が通常のモノと違うということをよく掲示板で見かけます。

六十七代の法主さんがそのことについて、こういう説法をしています。

今、端的にいえば、佐渡より身延に入られて、文永十一年、十二年、建治二年ごろまでの御本尊は、外用の上の意義を表となし、内証の当体を直ちに顕されていないのであります。

建治三年より弘安に至り、特に弘安以降において如実に南無妙法蓮華経の中央直下に日蓮の御名、御花押をお示しあそばされ、その上から御本尊の当体、当相に重大なる整足が拝される御本尊においてこそ、外用を撤廃して直ちに内証の本仏の当体を示し給うのであります。

それ以前の御本尊は、中央の七字に対し御名、御花押が左右にはなはだしく片寄って書かれており、これはいまだ根本妙法蓮華を所持し証得あそばした法界ただ一人の本仏御境界を直ちに顕されず、釈尊の脱益仏法の範囲に由来する仏勅使としての義を残し給うのであります。日蓮正宗六十七代・阿部日顕・於 霊宝虫払大法要 観心本尊抄説法)

まるで大石寺だけに伝わった解釈だと言わんばかりですが、こういうことを派祖の日興さんはその時代の書物のなかでは残していませんで、何を根拠にこういう体相をくっちゃべるのか、と思うのですが、ここが大石寺のパクリ法門の秀逸なところです。

「問う首題の下に必ず日蓮判と遊ばす義如何、 答う日向門徒には法華堂をば皆御影堂と習うなり。その故は首題の下に日蓮と遊ばしたるは妙法全く我が身なりといえる御心中なる旨なり。左右の脇士はまた日蓮聖人の脇士なり。諸堂みな御影堂なりと申す伝なり。また首題の下に御名を遊ばすは人法一体能弘所弘不二なることを顕すなり。真間流の人は大聖人の大の字を制して書くなり。定めて人法一体の意なり。その故は地湧の四大士と中央の首題と引き合わせて習うに、首題は空大なり、四菩薩は四大にて、その義通ずる故に空大妙法と聖人とは全く一体となれば、日蓮空聖人という意にて大聖人と書くなり。大は空の義の故なり。」(日朗門流相伝書『本尊論資料』 p.314)

赤文字を上の説法と比較すればバッチリですね 。大石寺だけに伝わったなんていうシロモノではなく、造仏派の日朗門流でもこういう解釈だったことが理解できます。ただし朗門は釈迦本意で日蓮垂迹の立場、あくまでも菩薩位ですけど、大石寺日蓮本仏という違いです。

大石寺で本尊の首題と日蓮を一体にして人法一体と解釈するのは室町期くらいですが、その頃には既に朗門系ではこういう解釈であったことがわかります。

鳩摩羅什について寄り道

日蓮が数多ある訳者を差し置いて鳩摩羅什を信頼したのは遺文にも見られますけど、興味深い記事を見つけました。

羅什の生存していた当時の中国は、五胡十六国の時代(304~439年)で、前秦の苻堅(在位357~385年)は、長安一帯をかため、376年に北西の前涼を倒し、その勢いで華北統一に成功していました。(中略)

この長安法華経を漢訳してますが、日蓮遺文では師匠の言いつけ通り「其の経を授けし時の御語に云く此の法華経は東北の国に縁ふかしと云云、此の御語を持ちて月氏より東方・漢土へはわたし給いしなり。」となるわけです。

後秦に至っては破戒を勧めるという謗法を犯しているから滅亡は当然。」は本当か?

羅什が破戒したのは、先の呂光の後涼・姑蔵に滞在していたときです。35歳で女犯を犯しています。後秦長安では僧坊に帰らず庭園付き宮殿で美女を集めて昼は訳経、夜は酒池肉林であったことは有名な逸話です。

羅什は、お経の翻訳で一世を風靡していましたが、やはり中国に来ていて戒律を広めた僧侶とは微妙な対立関係にあったと言います。後に訪れてきた亀茲国での律を授けた出家授戒師・卑摩羅叉に恥じたといいます。

文化政策や経典訳出に力を注ぎすぎた後秦は、東晋との対決で同盟国の寝返りや独立などで国力衰微し、東晋に隷属的立場を選んでますが、それを良としない後秦の英主姚興が反乱を起こしましたが鎮圧され、四一七年後秦はここに3代34年で滅んでいます。

羅什に破戒を進めたとか謗法という理由は微塵にもありません。多くの経典と羅什を擁立して訳経に精を出しましたが、功徳は現れなかったようですね。

鳩摩羅什は四〇九年八月二十日、長安で没してますが、舌が残ったとか言う話は眉唾もので弟子の僧肇が姚興に非常に気に入られ寵愛を失った王妃が僧肇が自分の靴を盗んだようにたくらみ、その靴が羅什の座布団の下から発見される。このことが羅什と僧肇の死を招く発端となった事のほうが事実と見られています。

チベット語文献『紅史』と『漢蔵史籍』では羅什と僧肇の二人は殺害されたとなっています。どうも法華経を持していても最後は悲惨な結末ですね。

ちなみに日蓮遺文では「月氏より漢土に経を渡せる訳人は一百八十七人なり其の中に羅什三蔵一人を除きて前後の一百八十六人は純乳に水を加へ薬に毒を入たる人人なり、(諫暁八幡抄)」

と、高評価ですが、実際に大陸(アジア大陸)・朝鮮半島で流布している鳩摩羅什訳と言われる法華経と日本で日蓮などが絶賛した鳩摩羅什訳と思って流布している法華経とは経文にも違いがありカットされていたり追加分があったりで、日蓮宗等においては「鳩摩羅什訳の法華経」は添品妙法蓮華経からの流入や移動があり、羅什訳とはいえないそうです。

大石寺系教団の掲示板・東方に縁ある法華経を持した羅什のヒストリー

 という悲惨な人だったようですね。ちなみに訳僧といわれていますが、中国では破戒僧として名を馳せすぎたので、途中で還俗したようです。