正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

逆伏するゾ・5

それでは日蓮正宗では、いまだにどういう見解かを引用箇所で確認しましょう。これは日蓮正宗公式サイトに上がっている、日蓮遺文の御書解説と言われるところです。題材は「星名五郎太郎殿御返事」の説明箇所です。

仏教には勝劣・浅深等の筋道があるため凡眼・凡智に依るのではなく、必ず経文に示された仏智・仏勅に依らなければならない、ということです。
そもそも八万法蔵ともいわれる膨大な一代仏教は皆釈尊の説教ですが、その化導の次第と教理の内容には一貫した筋道があります。天台大師は、これを五時八教として分類されたのです。
すなわち、華厳時、阿含時、方等時、般若時、法華・涅槃時の五時であり、真言宗念仏宗が依りどころとする経典は、このなかの方等時に位置する方便の権大乗の教えなのです。
このような、釈尊の化導の全体観を弁わきまえないで、時も機根も外れた方等時の経典をもって末法の衆生を救おうとしても、悉ことごとく釈尊の真意に外れることになります。ここをもって邪義・邪見・謗法といいます。
しかるに、念仏・真言等の邪師は、自宗所依の経に執着を起こすため、これを正統化しようとしてさまざまな粉飾を施します。本抄における大聖人様の破折は、このような真言の粉飾を暴あばき、破折されたのです。(大白法・平成9年11月1日刊|第489号)

 どうですか、バッチリこのスタンスで仏教解説をしていますね。いまだに鎌倉か平安時代のままです。当時としても延暦寺では禅も密教も念仏も兼修として一列に並べて修行していたのですが、法華一乗というのはそれらを大きく括る概念経典だったのです。

それとは立場を異にする、この教団の言い分もあるでしょうが、問題はこれを根拠として我々が正しいと、言い過ぎなんですね。

しょせん独善以外の何物でもないのですから、社会と折り合うとか、文化や学問と並列で語り合うのが現代なのですが、絶対にそういうことは妥協だとして、譲らないようです。立正安国論の解説をしているお寺のHPです。

七百年前の鎌倉の時と、七百年後の平成の時と、少しも変わらずに折伏の修行をしている宗旨であることを見れば明らかです。

日蓮大聖様が七百年前に説かれたことを、平成の世にあっても、寸分違わずに実践している日蓮正宗だからこそ、念仏宗真言宗やその他の仏教各派の人々に声を大にして、「あなた達の信仰は仏様の教えに背くばかりがそれぞれの祖師にも背くものです。正しい真実の教えに帰依しましょう」と勧める資格があるのです。(日蓮大聖人御書拝読と御法話)

危ないですね〜、こんな時代錯誤を今でもやってたら、頭おかしくなりますね。

社会と折り合うことなく、自分たちの言い分だけを通す、こういう宗派がいまでも有るんですよ。