正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

逆伏するゾ・6

天台宗のデマカセ嘘っぱちな仏典教判は、日本の天台宗に持ち込まれて、それがこの国ではデフォになりました。それ以来明治まで日本仏教の仏典解釈をズッと縛ることになるのですが、一番それを乱用したのが日蓮系でも大石寺系の教団です。

では実際の経典成立は、どんな感じだったのか?いまのところ無理のない成立史を下記に見ていただきます。

BC383年ごろ 第一回結集 経と律で 九分教 十二分教に整理される。
BC260年ごろ 説一切有部などの部派仏教の成立。
        阿含経(法句経・スッタニパータ・ジャータカなど)
BC160年ごろ ミリンダ王の問い「那先比丘経」

BC100年ごろ ストゥーパ(塔)崇拝、アジャンタ石窟はじまる。
AD001年ごろ 大乗仏教(初期大乗)はじまる。
AD130年ごろ 般若経維摩経法華経華厳経浄土三部経・座禅三昧経
AD150年ごろ ナーガールジュナ(竜樹)の中論頌
AD170年ごろ 第一中期大乗の勝曼経・大般涅槃経解深密経・弥勒三部経
AD200年ごろ 仏像彫刻はじまる。

AD350年ごろ マイトレーヤー(弥勒)のヨガ師地論・宝性論
AD390年ごろ アサンガ(無著)の金剛般若経
AD400年ごろ ヴァスバンドゥ(世親)の倶舎論・唯識三十論・仏性論・浄土論
         第二中期大乗の薬師如来本願経・地蔵菩薩本願経・孔雀王呪経

AD500年ごろ ブッダパーリタ(佛護)の中論註 グナマティ(徳慧)の唯識三十頌釈
ダルマパーラ(護法)の成唯識論

AD500年ごろ ブッダパーリタ(佛護)の中論註 グナマティ(徳慧)の唯識三十頌釈
ダルマパーラ(護法)の成唯識論

AD600年ごろ 玄奘三蔵の印度旅行(629-645)金剛乗仏教(後期大乗・密教)の大日経
AD650年ごろ 金剛頂経
AD700年ごろ シャーンタラクシタ(寂護)の中観荘厳論・菩提心観釈

AD900年ごろ 中観ヨガ派
D1000年ごろ 時輪タントラ(1027-1087)
AD1203年ごろ イスラム教の寺院の破壊が開始

以上の経典成立スケジュールは、成立と時代設定について学者間でも納得のところです。 これを見ても五時八教って、ノー根拠って理解できると思います。 

で、あるのにいまだに日蓮正宗では、そんなのカンケーねぇして、天台大師が正しいとしているのですから困ったもんです、考古学的にも法華経の各種の経典発見・発掘は1世紀前後で、それ以上遡れません。

天台大師は、釈尊(お釈迦様)一代の教説を「五時八教(ごじはっきょう)」の教判によって判釈し、「法華経こそ純円一実、唯一真実・最勝の経典である」としました。 また「観心門」とは、教相門で明らかとなった教理(悟り)を体得するための修行そのものや諸規定を示したもので、主に『摩訶止観(まかしかん)』に明かされています。(日蓮正宗信者サイト・百禍繚乱) 

これほどまでに断定できるということは、なにか大石寺系では法華経が一番だよっていう、証拠の書物でも所持されているんでしょうかね?