正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

逆伏するゾ・8

法華こそサイコーが前提の日蓮系ですが、その淵源は中国天台宗の智顗に有ったわけです。なぜなら、天台大師は法華経にも出てくる薬王菩薩の再誕とも言われる方で、もっとも法華に有縁の人であったようです。

日蓮さんの残した書には「天台大師は昔霊山に在っては薬王と名づけ、今漢土に在っては天台と名づけ、日本国の中にては伝教と名づく。三世の弘通倶(とも)に妙法と名づく」(立正観抄・真筆無)と残されてますが、その由来は以下のようです。

五六〇年、北地の難を避けて南に向かい、大蘇山にいた高名な南岳大師(慧思)を訪れた。南岳は初めて天台と会った時、「昔日(しゃくにち)、霊山(りょうぜん)に同じく法華を聴く。宿縁(しゅくえん)の追う所、今復(また)来る」(出典・隋天台智者大師別伝)と、その邂逅(かいこう)を喜んだという。

 智顗は父の旧友である湘州・王琳の援助を受け湘州果願寺の法緒を師匠として出家、そののちに戦乱が起こり、大蘇山にいた南岳のもとを訪ね面会します、その折に南岳は「昔に釈迦が霊鷲山法華経を説いた時に一緒に居たね、そしてまた大蘇山で再会の機会を得た」と語ったらしいですが、まぁどこにもある伝説でホントじゃないでしょうね。

だって、法華経って釈迦に関係無いですからね、なのに釈迦が説いた霊鷲山に居たなんて、ちょっとね〜。

で、ともかく伝によれば、そこで何が有ったのかといいますと

大蘇山での厳しい修行の末、法華経薬王菩薩本事品第二十三の「自ら身を燃(とも)して、光明遍あまねく八十億恒河沙の世界を照らす。其その中の諸仏、同時に讃(ほ)めて言(の)たまわく、善哉(ぜんざい)善哉、善男子、是これ真の精進なり。是これを真の法をもって如来を供養すと名づくの句に至って大きな悟りを感じ、法華三昧を感得した。

この箇所が智顗が大悟したと言われる部分です。この薬王品は焼身供養という身の捨身供養がありますが、その経文のところで、「多くの仏たちが口をそろえて、これこそまことの精進だ。本当の正しい供養だ、とほめたたえられた」という所を読み、非常に感じる部分があって智顗の心身が清浄になって自在な悟りを得られたと言うんです。

しかし、こういうことを言うのは日蓮系だけで、本家の天台宗ではこういう逸話と天台の過去世は否定されています。なぜかなら「能く手の指ないし一指を燃して仏塔に供養せよ」という偈は受け止めようによっては自殺をほのめかすような解釈も可能だからだし、天台大師は指一本供養してないですから・・・。

正宗系の偉い人である前法主の阿部日顕サンという方が、こういうことを観心本尊抄という講義の中で

この文に至った時に突然、不思議な悟りを聞いたのです。

それからはもう経文でもなんでも一切が、晃々こうこうたる白日のもとに我が掌たなごころを見るが如く、解らないものがない。

仏道の内容の細かいところに至るまですべてがよくお解りになって、その上から一代仏教を見てみると、それ以前の人師の判釈において、実に間違いが多いことを知られたのであります。(阿部日顕観心本尊抄講話・第1巻)

まぁ、こうやって自分のところの正統系譜を遠くから引用して宣伝するのですが、この箇所は既に見たように???であり、天台大師が五時八教をまとめたというのは、ずっと後になってから言われたことで、実際はそれらしいことが有ったのかどうか、不明なんです。

しかもこのブログで指摘している通り、現代仏教学では五時八教はいまや定説でも真実でもなく、単なる或る時代の或る宗派の考え方で、そういう説が大昔の中国で有ったという程度のことです。

であるに関わらず、こういう自家撞着、牽強付会しているのがちょっとイタいです。しかも釈迦は法華経など説いておらず、正しいも間違いも、説いてないものを判じようがないですね、そーいう経過で、もっともらしい事をどちらも言うのですが、こういう禍々しいこと言ってトーシローをハメるんですねぇ。