正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

逆伏するゾ・11

さて、天台大師といえば一念三千ですが、「摩訶止観五の上」でたった一度しか説明していないんです。しかも大師の書物にはそういう「一念三千」とした明らかな名称はなく、ただ以下の様な名目だけが記されているんです。

■それ一心に十法界を具す。一法界にまた十法界を具して、百法界なり。一界に三十種の世間を具し、百法界はすなわち三千種の世間を具し、此の三千は一念の心に在り。もし心無くば已(や)みなん、介爾(けに)も心あらば即ち三千を具す。(摩訶止観・五ノ上)

現代としては様々な検証があって仏教学的には、一念三千という概念定義は智顗が宣揚展開した教理とは考えられていないことですね。

さらに三千世界に至るプロセスの一法界にまた十法界を具して」という言い方ですが、後代には十界に十如是を足してという解説もあり、「一界(一念)には十如是と三世間が具わり、百界は即ち三千の世間である」と、こちらの方がポピュラーになってしまいました。

一念三千とは、法華経に説かれている一切衆生の成仏の原理を、中国の天台大師が『摩訶止観』のなかで、体系化して説明したものです。

「一念」とは、私たちの瞬間瞬間の生命のことです。この一念に、すべての現象、働きを意味する三千の諸法が具わっていることを説いたのが一念三千の法理です。(創価学会・一念三千解説)

で、誰がこういう名称と定義を施したのか?それは智顗から数えて六祖(竜樹から数えると九祖)である妙楽・湛然が「止観輔行伝弘決5」で一念三千が智顗の「終窮・究竟の極説」と配釈し多様です。

そして、これを祖師の極意とするように説いたこと、そして一念三千という名称も湛然が提唱した(諸説あり)ことが、その始めとされているようです。

御覧頂いたように、結構いい加減でしょ、さて一念三千は正宗系にとっては、かなり根幹なんですが、ところがドッコイなんですよね。