正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

最初から、怪しいんです→6個目

悩ましいですね、法華経の中の阿弥陀さん信仰。教団側はその否定に大体法華三部経無量義経を出して「四十余年未顕真実」だから他の経典は方便で、法華経こそ実説とするのがセオリーです。

となると、この経典の存在を問わなければならないのですが、それは過去記事の「逆伏シリーズ」をご覧いただくと、無量義経が中国撰述の経典で、ご都合ものであることがわかります。

確認いただくと経典成立が481年頃に作成されたという無量義経が、1世紀頃に成立した法華経の序論になり得るわけはないんですが、そこには中国での各宗派のせめぎ合いがあったという裏事情が関係しています。

法華経の「序品」に「無量義教菩薩法仏所護念」「無量義三昧」という語句があるのですが、天台大師がこの語句を『無量義経』と『法華経』と結びつけるキーワードにしたようです。

それは「従地涌出品」の「四十余年」と『無量義経』中の「四十余年 未顕真実」を結びつけて、 自らが信奉する法華経を最高の経典と主張したんですね。

これをベースに日本では法華経こそが・・・とリキんで長い間に重要経典とか諸教の王とか言われたんですが、ところが、そういう詐術とトリックはいつかバレるもので、実はこういうことになってます。

無量義処三味に入る前に説いた大乗経典とは、無量義経のことではなく、法華経以前に成立した大乗経典一般のことを指していたわけです。『法華経・永遠の菩薩道』(菅野博史)

 こういう事実も近年の研究成果ですが、そも大乗仏典の成り立ちが釈迦に仮託した経典類ですから、偽経があっても驚きませんね。それで両経典を並列のものとすると法華経にはこういう文章があります。 

■この法は深智のために説く。浅識はこれを聞いて迷惑して悟らず、 一切の声聞および、辟支仏はこの経の中においては力及ばざるなり。(法華経譬喩品)

■無智の人の中に於てはこの経を説くこと勿れ、もし利根にして智慧明らかに多聞強識にして仏道を求むる者あらば、かくの如き人の為に説くべし。 (法華経譬喩品)
法華経を信じえない者の為には、如来の余の深法を教えよ。(法華経嘱累品)

これをみると法華経でよく言われる、一切衆生をして皆成仏道というのは、お約束ではなく願望のようなものですね。 

それで法華経の本門部分である嘱累品の如来の余の深法を教えよ」「深法」ってなんでしょうね、正宗系だとそれは、題目だとなりそうですが、そうは行かないんです。