正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

最初から、怪しいんです→7個目

法華経の中の如来の余の深法を教えよ」ですが、コレ大乗経典の中でもう一つこういう言葉があります、それは大無量寿経観無量寿経とも)です。もちろん浄土三部経の一つです。

無量寿仏を念じてその国に生まれんと願ずべし。もし深法を聞きて歓喜信楽せん。疑惑を生ぜず。 (中略)この人終わりに臨んで夢のごとくにかの仏を見たてまつりて、また往生を得。(大無量寿経

 ここに「もし深法を聞きて歓喜信楽せん」とあります。つまり法華と阿弥陀は兄弟みたいなものなんですね。さらに日蓮立正安国論や自身の書物で盛んに引用する大集経と言われるお経が有ります。

我が末法の時の中に億億の衆生、行を起し道を修せんに未だ一人も得る者有らず。當今は末法にして、現に是五濁惡世なり、唯淨土の一門有りて通入すべき路なり(大集月蔵経)

 ここにはハッキリと「唯淨土の一門有りて通入すべき路なり」とあります。この浄土とは浄土門のことで、こんな感じ。

末法になると、自力の仏教でさとりを開けなくなると、唯一、浄土の一門(阿弥陀仏の本願)でしか助からないのだ。ということです。

立正安国論では、釈迦が入滅した後の時代の様相を大集月蔵経を引いて詳しく論じ、到来した末法という釈迦の仏法が滅尽する根拠になっています。

この経典では、末法は世が乱れ天変地夭、疫病や戦乱を予言しているので、日蓮もいいとこ取りで多種引用してますが、この「唯淨土の一門有りて通入すべき路なり」はシカトですね。

鎌倉時代になぜ日蓮が用いられなかったか、それはこういう基本的なヌケやボロが他宗の僧侶・学僧は知っていたからでしょう。

結局、法華一乗といいながら、法華経嘱累品の法華経を信じえない者の為には如来の余の深法を教えよ。」という如来の余の深法」なるものは、なんとなく法華経が合わなかったら、他の「深法」である大無量寿経でもいいし、もっと他の大乗経典でもオッケーということでしょうね。

どうです、けっこういい加減でしょ。一切経典閲覧して経典を遍く網羅した結果とか正宗系では言ってますが、そんなこたぁ無いんです。