正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

最初から、怪しいんです→9個目

前回は日蓮系の印籠である正直捨方便が、実は中国で経典漢訳の際に勝手に追加された語句で元の経典にはそれなる言葉は無いということ、確認しました。

そして、原本サンスクリット版では「私は、すべての臆病な心を捨て去って」がホントの文章で、いままで正直だと思ってたのに嘘だらけになってしまいました。

大嘘サンプルとして以下のような日蓮の残した書物の文章、いまではオトボケのギャグみたいです。

「目連尊者と申す人は法華経と申す経にて「正直捨方便」とて、小乗の二百五十戒立ちどころになげすてゝ南無妙法蓮華経と申せしかば、やがて仏になりて名号をば多摩羅跋栴檀香仏と申す。」(盂蘭盆御書)

 それにしても悲劇というより喜劇な事実、日本に誤伝した仏教をベースに或る時期のお坊さんの一解釈で、現代では通用しないし、仮に法華経を釈迦が説いていても、間違ったデータで組み上げられた妄想体系になっちまいましたね。

邪宗という言葉は日蓮正宗の人が、やみくもに他宗を攻撃するために勝手に使っているのではありません。
釈尊法華経に、「正直に方便を捨てて但(ただ)無上道(むじょうどう)を説く」(方便品第二・開結124)と、四十余年にわたって説き続けてきた方便の経経を捨てることを説き、これ以後に説示(せつじ)する法華経こそ最高唯一の無上道(最高の教え)であると言われています(日蓮正宗・正しい宗教と信仰)

 でも明治以降の仏教学の伝播で仮にも仏教系の大学出た坊さん、教団上層部の人も知っているはずなんですが、いまさら引っ込みつかないままズルズル百年も経ってしまい、どーするんでしょうね。

よく聞かれる邪宗という定義を何の根拠もなく位置づけ、釈迦に仮託した経典の有りもしない語句を乱用して、破れかぶれで自らを最高の教えの教義と自画自賛し続けるしか、道はないんでしょうか??。