正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

こういうことはバックレる→2

 法華経が後世の釈迦に仮託した経典であることは既に確認しました。

日蓮の書物の中には、そういう前提が崩れるとヤバイ言説が沢山あります。正直捨方便のところであげた手紙もその一例ですね

「目連尊者と申す人は法華経と申す経にて「正直捨方便」とて、小乗の二百五十戒立ちどころになげすてゝ南無妙法蓮華経と申せしかば、やがて仏になりて名号をば多摩羅跋栴檀香仏と申す。」(盂蘭盆御書)

 ここには2つの嘘が書いてあります、ひとつは「目連尊者と申す人は法華経と申す経にて」ですね。

目連尊者(モッガーラーナ)という方は確かに釈迦の十大弟子の一人で舎利佛さんと同胞だったようです。それで元々バラモンに帰依してましたが、舎利佛さんと釈迦の仏教に帰依して修行に励み、遂に舎利佛とともに阿羅漢果(あらかんか・悟り)を得た人です。

この人名に嘘はないんですが、その後が嘘ですね。初期仏教の時代に法華経なんてありませんし、釈迦も説いてません。そして次の「小乗の二百五十戒立ちどころになげすてゝ南無妙法蓮華経と申せしかば」はもっと酷い嘘ですね。

釈迦の時代にない法華経の題目を唱えるわけもなく、唱えられませんね。こういう嘘を見てきたような・・というのですが、日蓮は何の根拠もなく書いています。

そして小乗の二百五十戒を捨ててとありますが、そんな事実も根拠もありません。そのあとの「名号をば多摩羅跋栴檀香仏と申す」に至っては、笑えないギャグです。

阿羅漢というのはもう心は解脱していて、肉体だけが過去の業の余生を送っています。こういう状態を原始仏教では有余涅槃といいますが、すでに涅槃の境地に至っているわけです。

涅槃にいる人がわざわざ退転して、インドに有りもしない鳩摩羅什の漢訳法華経の題名である題目を唱えるという妄想は、なかなかブラックなお話です。

こういう悟りに関した嘘を言うことを、破戒といいこれは不妄語戒を犯したわけです。

不淫・不盗・不殺・不妄語の四戒の破戒は、釈迦の時代には波羅夷罪(はらいざい)と呼ばれ、懺悔しても許されない僧団追放という厳しい刑に処されることになっていました 。

あ、そうか、だから日蓮本仏なんだ・・・。