正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

逆伏するゾ・10

何も知らない正宗系信者は天台大師は法華経によって成仏したと思い込んでます。ま、これがトンでもない誤解で、成仏などしてないんです。

天台大師は、目安として六即という修行の達成ステージの階梯を定めてたのですが、それぞれ悟りに至る過程で、理即、名字即、観行即、相似即、分真即、究竟即と名付けられた六つの段階です。

それを定めながら大師は、ご自分はどうだったのかといいますと、ようやく晩年に観行即に達したと言われ、師匠の南岳大師は相似即に達したと、師匠は六根清浄の境涯だったと言われております。

そういうことは普段だとなかなか聞けないので、天台大師の臨終間際に弟子の智朗が近付いて「師はいずれの位に居るや」と尋ねたところ、大師は

「我れ衆を領せずば必ず六根清浄の位(10段目)に至らん。
されど、利他の為に己を損して只、五品弟子位(9段目)あるのみ」(天台大師・遺言)

といって、自分一人で修行に取り組んでおれば10段目まで悟れたが、お前たち弟子の育成に時間を取られ、9段目までしか悟れなかった、と告白して入滅されたのは有名な話です。(ということは大乗は易行ではないということです)

これは日蓮さんの書物の中にも「一代五時継図、天台大師の臨終の姿を示す」という書物に残ってます。

一、天台御臨終の事
止観の一に云く安禅として化す位五品に居す文。
弘決の一に云く安禅として 化す位五品に居す等とは此れ臨終の行位を出すなり、禅定を出でずして端坐して滅を取る故に安禅として化すと云う文、 又云く法華と観無量寿の二部の経題を唱えしむ

上で確認できますように、天台は臨終に際し法華経観無量寿経の二部の経題を唱えさせた」とあります。観無量寿経というのは日蓮さんが嫌った浄土宗の三部経の一つの依経です。

 ヘンですね、確か法華が一番だったはずですね。しかも法華経で成仏するお約束ですね。でも、こういう論旨矛盾が日蓮さんが残した書物には多いんですよね。

ようするに天台大師は法華と浄土宗の二股信仰だったんですね。

当時というか仏教信仰としては、別におかしいことではないんですが、日蓮正宗的には、教団主張とは思いっきり矛盾していて、ここを教えることはありません。

つまり信者さんは天台大師も法華経だけだったと、思い込まされているんですね。