正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

カルトの総本山:2

日蓮正宗では信者を飴と鞭で煽るようですが、顕正会クリソのやり口を見てみましょう。

●『開目抄』には、「今、日蓮、強盛に国土の謗法を貴むれば、此の大難の来たるは過去の重罪の今生の護法に招き出せるなるべし」(同 五七三ページ)と仰せです。
また『佐渡御勘気抄』には、「仏教をきはめて仏になり、恩ある人をもたすけんと思ふ。仏になる道は、必ず身命をすつるほどの事ありてこそ、仏にはなり侯」(同 四八二ページ)と仰せです。
すなわち、我らの成仏は信の一字にあり、その信は折伏を行じ、命にも及ぶ苦難によって鍛錬され、初めて成仏が叶うとの御教示であります。(大白法・平成27年5月16日・教学部長 水島公正)

 この発言と顕正会の発言を見てみましょう。

これからも、いろいろなことが起きてくると思われる。
何が起きても大丈夫です。「大なる騒ぎが大なる幸いとなる」と大聖人様は仰せあそばす。
顕正会ほど正しく清らかな団体はない。だから、何が起きても大丈夫であります。
大聖人様の仰せのままに戦っている如説修行の団体であればこそ、このような異常・不可解の怨嫉が起きてくるのであります。

そしていま末法においては、日蓮大聖人の三大秘法以外に、人を救い国を救う大法はあり得ない。
ゆえに大聖人様は松野抄に「身命を捨てて法を弘むべし」と仰せられ、また日興上人は
「未だ広宣流布せざる間は、身命を捨てて随力弘通を致すべき事」と御遺誡されている。
顕正会はこの仏勅を重しとして、ただ身を捨てて三大秘法を弘めているのであります。(平成19年1月度 総幹部会・浅井会長)

上と下の説法の違いはほとんどありません。何故かならば元々 大石寺の信者であった浅井氏が講演しているのですから、元は同じです。

こうやって、会員や信者を功徳が有ると扇動して動かしているテクは同じですよね。その根源は日蓮の残した書物に有ることが原因ですが、現代に改めもせずに両団体は原理主義で行っているわけです。