正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

仏法のためなら殺人容認:3

日蓮は檀那衆から送られた食物や金銭の他に常の道中では杖代わりに刀を帯してたといいます。佐渡流罪中に北条彌源太氏より寄進された大刀と思われ遺文にもそう見えます。

「又御祈祷のために御太刀同刀あはせて二送給はて候。此太刀はしかるべきかぢ(鍛匠)作候歟と覚へ候。あまくに(天国)、或は鬼きり(切)、或はやつるぎ(八剣)、異朝にはかむしやうばくや(干将莫耶)が剣に争かことなるべきや。

此を法華経にまいらせ給。殿の御もちの時は悪の刀、今仏前へまいりぬれば善の刀なるべし。譬ば鬼の道心をおこしたらんが如し。あら不思議や、不思議や。後生には此(この)刀をつえ(杖)とたのみ(頼み)給べし」(彌源太殿御返事)

まぁ刀は刀で人を切るためのものなんですが、それを「殿の御もちの時は悪の刀、今仏前へまいりぬれば善の刀なるべし」というところが危ない坊さんです。
いちおう杖にすると書いてますが、伝承ではこの刀に数珠を絡めていたところから「数珠丸」という名が残されています。これ以外にも北条彌源太からもう一振りあったようで、合計二刀。

このもう一刀が「三條小鍛冶宗近の宝刀」と言うのもので、こちらは大石寺にありましたが盗難にあったようです。
さてそこで気になるのが、僧侶が刀を帯びるなど、まるで叡山の僧兵みたいですが、これも涅槃経に許されていたと言うわけです。

第三に云く「今正法を以て諸王・大臣・宰相・比丘・比丘尼.優婆塞・優婆夷に付属す、乃至・法を護らざる者をば禿居士と名く」又云く「善男子.正法を護持せん者は五戒を受けず威儀を修せずして応に刀剣・弓箭・ 鉾槊を持つべし」又云く「五戒を受けざれども正法を護るを為て乃ち大乗と名く正法を護る者は応に刀剣・器杖を執持すべし」(守護国家論

梵網経等の戒によるならば、国王・大臣の諸人等も一切、刀や杖・弓・箭・矛・斧などの戦闘の武器を畜えることを禁じています。
また武器などを帯する者は必ず現世の身に比丘の位・比丘尼の位を失い、死後は三悪道の中に堕ちると定められています。
でも日蓮云くは、涅槃経で武器を持つことは許すと説かれているからいいんだそうです、なぜなら梵網経などは権教で真実の法華経を説かれる爾前経だから無視していいんだそうですね。
しかし、この理屈、全然合点行きませんね