正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

仏法のためなら殺人容認・6

大乗仏教では涅槃経の他に『優波離所問経』とか、論書などでは『大乗集菩薩学論』『入菩提行論』などでも悪僧を正法のために殺害しても功徳になることが説かれています。
真言宗の「理趣経」には同様に三界の一切の衆生を害しても、般若理趣に通じているならば、悪趣・悪道に墜ちることは無いと説かれています。(第三段において)

こうした思想はチベット密教のドルジェタクにも引き継がれていて、度脱法として実際に敵対勢力や調伏として国王の依頼で相手国側の人を観音浄瑠璃世界に送るという慈悲で行われています。

これは生かしておくと仏教に敵対して更に罪業を積むので、度脱(呪殺)することによって仏教に信順させる方法論です。
日蓮に目を転じると武器を携帯していたことは既に記しました。実際に武器を蓄えた科でこういうことがありました。

極楽寺の良観房忍性の訴えにより、日蓮は再び捕らえられ、佐渡に流されることになった。忍性の訴状には日蓮が弓矢刀剣を蓄え、庵室に凶徒を集めている」とあった。訴状に従い幕府は日蓮を呼び出してその弁明を求めた。
ところが日蓮「武器、兵員を蓄えるのは法華経守護のためである」とのべ、評定所では幕府に対する暴言を吐いたかどで流罪ときまった。(種種御振舞御書・日蓮と忍性の対立)

日蓮が亡くなった時に弟子檀那が形見分けを預かった遺物配分では刀が配物として挙げられています。この根拠も涅槃経の一文です。

「国王、大臣、長者、優婆塞(男性信者)らが、護法のために刀杖(武器刀)を持っても、私はそれを持戒だという。
刀杖を持ちながら命を断つごとき殺害を行なわぬならば、そのようにあり得る者は、これを最高の持戒と言ってよいのである」(涅槃経)

敵が襲いかかった来たら、手に武器を持っていたら使わずにはいない人はおりません。使わねば日頃から持ちません。ということは護法のためだから持つだけならいいと言う理屈は、使うことも前提にした影の理屈が見えています。