正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

仏法のためなら殺人容認・7

初期大乗経典では、殺生は呪殺も含めて厳禁されてきました、僧侶であれば受戒の際に保つことが誓願される具足戒において、殺人は教団追放の重罪であったし(波羅夷戒)、又、人以外の生き物の殺害も禁止されてきた戒です(奪畜生命戒)。
ところが後期大乗経典の時代には、慈悲である大悲の実践として或る特定のケース、例えば仏教を弾圧する、ないし僧侶を殺戮するなどの例においてはこの戒は緩んできます。
実際にイスラム教徒がインドに侵攻した時には、寺院と言わず仏教徒は破却・殺戮の対象となっています。
なすすべなく殺されるままの事態に、信者からの要請でそういう時代背景で殺害を肯定する思想が登場し、その実践が行われたとされています。この背景を考慮すると涅槃経に現れたそういうレアケースの説話に結びついていきます。

前世において釈尊がある国の王だった時のこと。その宮廷は悪僧達に占められていたが、その中で一人だけ清僧がいた。悪僧達は当該清僧を疎ましく思い、彼の殺害を企てた。この事を知った王は策を講じて却って悪僧達を皆殺しにした

こうして本来は仏教徒は五戒の不殺生戒護持であったものが、慈悲の拡大解釈で それすら破戒の対象として見られるようになったということです。

自身の命を守る様に他人の命を守れと説いた上で、悪人に対して彼に対して怨害の心がなく、かつ彼の者を悪業の果報から逃れされる目的であれば、その殺害は許されると説いている(大日経・受方便学処品)

ここにも先ほどの罪障を積むと地獄行きが決定するので 勝手な慈悲で敢えて殺害という思想が見えます。大慈悲心を持つ者(僧侶に限らない)が、多数の人に害をなす大悪人を殺害することでより多くの者の命が救われる場合、或いは殺害をすることでその者の出離の因縁が出来る場合において殺害する事は許されるとしています。

まるで戦争の大量殺戮は英雄で、平時の殺人は厳罰という理屈ですね。