正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

仏法のためなら殺人容認・8

日本に目を転じると平安期の僧兵という存在が浮かびます。叡山で僧兵が組織された理由は自治区である山中に山賊や野盗が押し入った場合の自衛のためであったとされています。
しかし実際は強訴と言って御輿を担いで叡山を降り、洛中に押し入って天朝を脅す場合に周りを武器を持った坊主が囲んで護衛の役目をしています。
当然洛中や御所を警護する武士との衝突を考慮しての事です。。
こうして天皇は代々菩提回向を担保にされ、何かとあると洛中に神輿を担いで自分たちの利権確保や祈祷の褒章を求めて押しかける叡山の極悪坊主に悩まされることになります。

天下三不如意(鴨川の水の流れと山法師と賽の目)といって白河天皇が嘆いた叡山の暴挙です。

平家物語』の巻一には、白河法皇が「賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」と嘆いたという逸話がある。
「賀茂河の水」とは、古来氾濫を繰り返す暴れ川として知られていた賀茂川がもたらす水害のこと。「双六の賽(さい)」とは、文字通り双六の二つのサイコロが出す「賽の目」のことである[4]。「山法師」とは、勝手な理由にかこつけては日吉山王社の神輿を担いで都に雪崩れ込み強訴を繰り返した比叡山延暦寺の僧衆(僧兵)のことである。(ウィキペディア白河天皇

 この僧兵存在の仏教的整合性も涅槃経が裏付けとなっています。武器を携帯して武力交渉もお構いなしと発展していくわけです。

「慈悲を菩薩の最高の特質として宣伝しようとした人々は、「空」の教義を利用することが、仏教の倫理的教えの制限を克服するのを助ける道である。「方便(ウパーヤ)」の使用を正当化する理由は、「教条」は壊すことが出来ないことにとらわれることから前に進むためであった」(ダミアン・キーオン:仏教と倫理の性質)

かくして僧侶にとって「戒」は名目だけになり日本では五戒すら守れない額の中の言葉になり果てていきます。
鎌倉期や江戸期にも戒律の復興を叫ぶ僧侶は出てきますが、ほとんどは無視されるか自己満足に終わっていったようです。

日本が他の外国圏での仏教と違った発展の一つに妻帯や肉食がありますが、わかっちゃいるけどやめられないのは、前例があまりにも長く続きすぎ、その裏付けに涅槃経などの無戒である事を説く話が大きく支持されたことの理由の一つでしょう。