正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

破戒の坊さん考・13

東大寺別当・宗性の別の起請文では、出家の動機は仏教を勉強するのは悟りを得るためよりもまずは名誉欲、出世欲、とあります。

「五、たとえ、名利のために聖教を学ぶといえども、必ず無上菩提に廻向すべきであること」

東大寺は小乗戒なんですが世俗の「名利のために聖教を学ぶ」こと自体を否定していませんね。でも本来は出家は世俗から離れることですので、名利は否定されるべき事柄です。
松尾剛次氏は著作ので「官僧たちは、天皇の命令によって開かれる勅会に招待され、僧正・法印を頂点とする僧位・僧官の昇進を「名利」としていました。そのために、仏教を研究していたのです」とその当時の僧侶の仏教態度の実態を解説されてます。
ある面で宗性は稚児愛や酒を飲むなど破戒僧の一面もあるのですが、学僧としては並み居る学僧を押しのけて一流人物であり、その手腕を買われて東大寺別当もつとめている。

この時代に要求された僧侶のあり方は庶民の理想像からはかけ離れて非常に俗物であるが、宗派や門流からすれば、権門や朝廷に対し看板になれる素養を重んじられた一面が伺えます。

日蓮も出家の動機は後にかなり粉飾されてしまいますが、以下はその動機に差が有り過ぎますね。

◆「虚空蔵菩薩眼前に高僧とならせ給ひて明星の如くなる智慧の宝珠を授けさせ給ひき」(善無畏三蔵抄)

◆「生身の虚空蔵菩薩より、大智慧を給はりしことありき。『日本第一の智者となしたまへ』と申せしことを、不便とや思し食けん。」(清澄寺大衆中)

 上は宗性と同じような出世願望の「高僧とならせ給ひて」とありますが、下は「第一の智者」で学僧としての臭いがします。この方の二面性は乖離が激しく一つにまとめられない複雑さがありますが、ここでも虚空蔵菩薩への願行動機は複雑です。別の遺文ではこうも言い切ってます。

日蓮は少(わか) きより今生の祈りなし、只、仏にならんと思う計りなり」(四条金吾殿御返事)

この三つはまったくベクトルも違う趣きですが、それぞれがその時の気分を書いたものかも知れません。出世欲という俗的な煩悩と僧侶としての道念・菩提心、恐らく日蓮も含めて日本の僧侶の偽らざる本音でしょう。