正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

難を受けて浄化・・?

日蓮正宗のサイトには信を貫こうとするほど難が起こるとしています。

謗法の罪は五逆罪よりも重いことを挙げられた後、その謗法呵責により起こった大難について、
「かゝる事出来せば無量劫の重罪一生の内に消え(乃至)かゝる身となれば所願も満足なるべし」
と、大難を受けることにより、過去遠々劫からの無量の謗法罪障が消滅することをお示しになられています。(呵責謗法滅罪抄)

 巷間ではこういう信仰姿勢をマゾ宗と言われてます、それほど何か自虐的な信仰でないと満足しないようです。その大元はここにもありますように日蓮が受けた因果応報の社会的制裁です。
それを日蓮さんは法難だと言い換えてますが、自分で騒ぎ起こして自業自得なのは先に見たとおりです。そのナルな遺文を見てみましょう。

■「日蓮も又かくせめらるるも先業なきにあらず。不軽品に云く『其罪畢已』等云云。不軽菩薩の無量の謗法の者に、罵詈打擲せられしも先業の所感なるべし」(佐渡御書

「過去の謗法を案ずるに誰かしる。勝意比丘が魂にもや、大天が神(たましい)にもや。不軽軽毀(ふきょうきょうき)の流類なるか、失心の余残なるか。五千上慢の眷属なるか、大通第三の余流にもやあるらん。宿業はかり(計り)がたし。鉄は炎(きた)い打てば剣となる。賢聖は罵詈(めり)して試みるなるべし。我今度の御勘気は世間の失(とが)一分もなし。偏(ひとえ)に先業の重罪を今生に消して、後生の三悪を脱(のが)れんずるなるべし。」(佐渡御書

■「不軽品に云く『その罪畢えおわつて』等云云。
不軽菩薩は過去に法華経を謗じ給ふ罪身にあるゆへに、瓦石をかほるとみへたり。また順次生に必地獄に堕べき者は重罪を造るとも現罰なし。一闡提これなり。」(開目抄)

■「今ま日蓮強盛に国土の謗法を責れば大難の来るは、過去の重罪の今生の護法に招き出せるなるべし。」(開目抄)

■「我法華経の信心をやぶらずして、霊山にまいりて返てみちびけかし。」(開目抄)

法華経を勧めてなぜ迫害に遭うのか?こういう信仰発想は、鎌倉から護送された佐渡の地で思考したらしいです。法華経の持者は諸天が守るはずなのに、一向にその気配がない、なぜだ!というわけです。

もともと自業自得ですから、守るも守らないもないんですが、自分の信仰が揺らいできただけでなく門下のものや信者さんがおかしいと思いだしたんでしょうね、それを打破するためのが上記の遺文ですね。
まぁ、難が出た、これで法華経への信がいよいよ固まるというので、以下の遺文へと発展するわけです。

■「かゝる事出来せば無量劫の重罪一生の内に消え(乃至)かゝる身となれば所願も満足なるべし」(呵責謗法滅罪抄)

■「我法華経の信心をやぶらずして、霊山にまいりて返てみちびけかし。」(開目抄)

お祖師さんがこれ程に、とこの遺文に啓発されて発奮する信者さんも多いようです。せっかく色々考えたんでしょうが、実は全部仏教発想ではないんですね。それは次回に。