正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

種子の種とは?

正宗系では仏性はあるが、開発されてないという立場ですね。

下種には、下種するあるいは下種させるという能動的な意味と、下種されたという受動的なことを意味する二つがあります。まず、下種するあるいは下種させるということについては、仏教では本来その法を広めるための方法として摂受(しゅうじゅ)と折伏(しゃくぶく)の二通りがあります。これを説明しないと能動的な意味の下種は理解できないのです(日蓮正宗寺院サイト)

この種なんですが、説明としてはこうですね。

仏種には本有法性(ほんぬほっしょう)の縁による仏種と、仏の説教の縁から起こる仏種とがあると説く。一般には、前者を〝仏性種(ぶっしょうしゅ)〟または〝性種(しょうしゅ)〟と言い、一切衆生の心性(しんしょう)に備わる仏種を意味し、後者を〝仏乗種(ぶつじょうしゅ)〟または〝乗種(じょうしゅ)〟と言い、仏が衆生のためにする教経を意味する(日蓮本仏論辞典五八頁)。この性種・乗種の区分から(中略)本来衆生己心に具わる妙法と称する種子とは、性種の意味に用いている。(同サイト)

 そして遺文では以下の様な引用をして理論補強をしています。

日蓮は日本国安房国(あわのくに)と申す国に生れて候ひしが、民の家より出でて頭(こうべ)をそり袈裟をきたり。此の度いかにもして仏種をもう植へ、生死を離るる身とならん」(御書1257頁)
とあり、『撰時抄』には
「悦ばしきかなや、楽しきかなや、不肖(ふしょう)の身として今度心田(しんでん)に仏種をうえたる」(同866頁)
と示されるように、人為的(じんいてき)・後天的(こうてんてき)に〝心田に植えられるべき仏種〟すなわち乗種のことである。

『曽谷殿御返事』にも
法華経は種(たね)の如く、仏はうへて(植えて)の如く、衆生は田の如くなり。若し此等の義をたがへさせ(違わせ)給はば日蓮も後生は助け申すまじく候」(同1040頁)
と仰せられ、成仏の種は初めから衆生の心田に存在するものではないことを教示されている

まぁキーポイントは後から植える「乗種(じょうしゅ)」と元々持っている「性種(しょうしゅ)」ですね。