正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

法華と仏種の関係

日蓮教学のベースは天台の教学を思想基盤としており、 日蓮教学の中枢に位置する「一念三千の仏種」(観心本尊抄 )の成仏理論は、初期の天台の十界互具論、一念三千、種・熟・脱の三益思想、 法華経の化導の始終不始終 ・師弟の遠近不遠近の三種の教相等の天台思想を無視しては成立し得ません。

しかし、度重なる法難で得た自問自答で天台教学から日蓮は距離をとり、上行所伝の法華本門の自覚とともに、曼荼羅図顕を建立するようになつて以降叡山も含めた天台教学との決別が遺文でも見えます。日蓮はこの思想的展開をかつてのベース天台教学を理の一念三千、自ら得た体験的自覚を事の一念三千と分けています。

その事・理の理論や法華経を余経に優れる末法の経典として宣示する過程と天台思想から離れていく経過をまとめてみますと

「後の五百歳、遠く妙道に沾(うるお)はん」(法華文句)の末法適時の法華経

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「正像(しょうぞう)稍(やや)過ぎ己(おわ)って、末法太(はなは)だ近きに有り」(伝教大師)の自分のルーツ根拠の確認

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伝教大師已後には東寺・七寺・園城の諸寺、日本一州一同に真言宗天台宗に勝れたりと上一人より下万人にいたるまでをぼしめしをもえり。しかれば天台法華宗伝教大師の御時計りにぞありける」(撰時抄)と、正像期の天台宗と末法以降の法華信仰の差別化

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「されば慈覚・智証の二人は伝教・義真の御弟子、漢土にわたりては又天台・真言の明師に値ひて有りしかども、二宗の勝劣は思ひ定めざりけるか。或いは真言はすぐれ、或いは法華はすぐれ、或いは理同事勝等云々」(報恩抄)と、自らが法華信仰の承継者自覚

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「叡山天台宗の過時の迹を破し候なり。設ひ天台・伝教の如く法のままありとも、今末法に至っては去年の暦の如し。何に況んや慈覚より已来、大小権実に迷ひて大謗法に同ずるをや」(観心本尊得意抄)

こういう法華の正統論を示しながら日蓮の仏種思想の展開もまた、 天台から出発しながら天台系を超えて行くことになります。

鎌倉滞在期に日蓮が行った法然念仏破折等の根拠には、「法華経・響喩晶」の 「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、則(すなわち)一切世間の仏種を断ぜん」の文があり、日蓮遺文には、しばしばこの毀謗=仏種断絶の証拠として譬喩品の一偈が挙げられています。


さて法華経を誹謗することが何故成仏の種を断じることになるのかという疑問に対して、その根拠について妙楽はこの響喩品の文を釈し「此の経は遍く六道の仏種を開す。 若し此の経を謗ぜば、義当(まさ)に断にあたれり」と述べています。

しかし日蓮はこの釈を応用して日蓮云く、此経は是十界の仏種に通ず。若し此経を謗ぜば、義是(これ)十界の仏種を断ずるに当る」(当体義抄)と拡大解釈を施しています。法華経を謗ずるのは六道断絶から十界の仏種断絶に飛躍しています。


この当体義抄は偽書の疑いもありますが、他にも類文としては「謗法者に向ては一向に法華経を説くべし。毒鼓の縁と成さんが為なり。例せば不軽菩薩の如し。亦智者と成るべき機と知ら ば、必ず先ず小乗を教え、次に権大乗を教え、後に実大乗を教ゆべし。愚者と知らば、必ずまず実大乗を教ゆべし。信謗共に下種となればなり」(教機時国抄・真蹟なし|日朝本)がありますので、ほぼ仏種については、こういう思想だったのでしょう