正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

さて、ところで種って。

日蓮さんも積極的に仏種を認め、下種を施し、仏種を生育するために題目あげて法難にも遭えってことですが、そもそもこの種は何時頃から言い出したことか?

世親は『大乗成業論』のなかで
「まさに果の種子において、よく長養するがゆえに、よく果を引くと名づくべし」と述べています。

唯識などでは心を階層的に分解して意識の「識」は前六識、「意」は「末那識」「心」は「阿頼耶識」を指して分解詳察します。

それにたいして上座部などのアビダルマ分析では「識(ヴィジュニャーナ)」「意(マナス)」「心(チッタ)」はほぼ同じ意味で使います。
我々がなぜ輪廻するのか、その主体を心の構成要素を八段階の一番下の「阿頼耶識」に求めて、根源にある「識」で、他の七識を生み出していると考察したようです。
ただし「阿頼耶識」という言い分では、これは輪廻の主体であり、それ自体は善でも悪でもないということ。これが天台や密教になると九識だの十識だのと数を競っていきます(笑)

阿頼耶識」には「種子(習気)」を蔵しているとします。「種子」は、人が無常であるのに業がどう引き継がれるかを説明する概念で、善悪はありません、この考えは部派の「経量部」より取り入れられたようです。
簡便に言うと、悪業を犯したら、心の中に「種」を撒くことになって、その「種」は環境が整えば、発芽して、茎や葉を生じ、やがては花を開く今世が終わると来世に「種」が相続し、転変して、業の結果を再び獲得するわけですね。
七識が「阿頼耶識」に「種子」を植え付け、「阿頼耶識」の「種子」が再び七識へ影響し様々な因果を生み出すという関係が唯識派の考える「縁起」であり、「阿頼耶識縁起」と呼ばれます。

1. 前五識  → 成所作智
2. 意識   → 妙観察智
3. 末那識  → 平等性智
4. 阿頼耶識 → 大円鏡智

「意識」が変化した「妙観察智」は「後得智」の正体。「四智」を獲得すると仏になるので、「仏の三身」が獲得されます。

 これを獲得するために煩悩障と所知障の種子と習気を断じる瞑想をし、阿頼耶識(大円鏡智)に達すると解脱ということになるのですが、これを獲得するのに時間がかかり、いわゆる三劫成仏と言われる所以です。