正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

戒律の律の例

日本では戒律の律という概念は伝わらなかったという佐々木閑氏の指摘ですが、具体的なものを上げることにします。大石寺では近年山内の塔や堂の補修工事にかこつけた供養ラッシュだそうで、こういうことが打ち出されてます。

『日興跡条々事』に、
大石寺は御堂と云ひ墓所と云ひ日目之を管領し、修理を加へ勤行を致して広宣流布を待つべきなり。」

と第三祖日目上人に譲られております。現在の御影堂大改修事業はこの御譲状のもと御法主日如上人猊下が「修理を加へ勤行を致して広宣流布を待つべきなり」との御相承を伝受されての大改修事業と拝します。宗祖日蓮大聖人の御影を御安置申し上げる御影堂を後顧の憂いなく改修し、お護り申し上げることは法華講衆の尊い使命です。(日蓮正宗支院・真心からの御供養)

大昔に南条時光という人から用地と建物一部を寄進されたところが大石ヶ原に建った大石寺です。それを譲渡された日目という人に与えられた条目が上の「日興跡条々事」の「日目之を管領し、修理を加へ勤行を致して」という部分ですが、これが傷んできたりすれば修理しなくてはいけません。これを信者に負わせるというのが、宗派問わずにごく普通の日本仏教のあり方です。

寺の檀家になると、たとえば、お寺を修理するためにかかる費用を「寄付」として1口〇万円というように求められます。つまり、お寺の運営にかかる費用を寄付という形で集めるのです。(某石材店サイトの案内)

ですので、日本では珍しくないことですが、それをインドの釈迦の時代になるとどうやら違うようです。以下は佐々木氏の戒律についての書籍を参考に抜粋しますと。

まず、釈迦が初めて寄進を受けたのは竹林精舎という僧院です。寄進者はマガダ国のビンビサーラ王、広大な土地と建物だったようです。

さて、それ以降信者が僧院を建ててそのまま寄進するという形が定着して一番有名なのは祇園精舎です。所有権はもちろん教団(サンガ)です。

ところが、建物を使っている内にアチラコチラ当然傷んできます。インドは雨期もありますので、雨漏りもするようになりました。そこで修理となって、所有権は教団、寄進者はもう手が離れてます。

こういう場合はお釈迦さんは、やはり篤信者に修理を頼んでいたかどうか、これらが律といわれる一種の決まりですね。(続く)