正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

律では修理は誰がする?

寄進された精舎が傷んできました、雨漏りはする戸板は破れるということで修理をしようとなりましたが、さてその普請費用は信者負担か、それとも教団何でしょうか?

普通に考えるなら所有権を持っている僧団がその修理を請け負わなくてはなりません。日本的に考えるなら寄進していただいた檀越に修理まで願うのは気の毒、修理は別の人達にお願いしましょう、という落着でしょうね。ところが、佐々木閑氏は残された律の規則にこうあるとお示しです。

「施主が自分で寺を建てて特定の坊さんなり僧団なりへ寄進した場合でも、その本当の所有権はずっと施主の側にあって、坊さんたちはただそれを借りて住んでいるだけなのです。つまり借家ですね。
ですからそれが傷んだら本当の所有者である施主が自費で修理しなくてはならないということなんです。坊さんたちはただ借りて住んでいるので自分で修理する必要はありません。そのかわり寺院の真の所有者になることはできません。そして家賃を払わねばなりません。
その家賃は何かというと、坊さんとして清らかで高潔な生活を日々送る事なのです。」

なかなか厳しいといいますか、今の日本の仏教教団でこんなことしたらエライ事になります。所有権ですから追い出すこともできるんですね。それで日蓮正宗の供養のあり方をみると随分違います。

「宗祖日蓮大聖人の御影を御安置申し上げる御影堂を後顧の憂いなく改修し、お護り申し上げることは法華講衆の尊い使命です。」(日蓮正宗

「お寺を修理するためにかかる費用を「寄付」として1口〇万円というように求められます。」(他教団例)

これをみると寄進者でもない信者の人たちに寺の修理を負わせているようですね。それでいて、殆どの坊さん方は今や在家並に家族を持って暮らしています。どこにも清らかで高潔(この場合は戒を保つこと)ではないですね。これでは店子から家賃を貰ってもいいくらいですよね。

それではこうした布施や寄進の功徳、というのはどうなっているんでしょう?