正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

ヒンドゥーの兄弟

日蓮正宗の諸宗破折サイトとか閲覧者が多いようですが、質問サイトなどでも自宗の優越をこれでもかとプロパガンダしてますが、そういう説の中核に有るのは以下の様な論です。

仏法上の一切の功徳と極理の源泉

仏法上の本尊の極理を始め一切の功徳、法門の出処にして、その源泉は何処に実在するか、御存知でしょうか。
それは法華経にあり、また法華経の中でも文底の南無妙法蓮華経の七字の中にその一切の根源が秘められているのです。日蓮大聖人はその事を「御義口伝」に、
日蓮等(いまにちれんとう)の類(たぐい)の心(こころ)は、無上(むじょう)とは南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)、無上(むじょう)の中(なか)の極無上(ごくむじょう)なり。此(こ)の妙法(みょうほう)を指(さ)して無上宝聚( む じょうほうじゅ)と説(と)き玉(たも)ふなり。宝聚(ほうじゅ)とは、三世(さん ぜ )の諸仏(しょぶつ)の万(ばん)行万善諸波羅蜜(ぎょうばんぜんしょはらみつ)の宝(たから)を聚(あつ)めたる南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)なり。此(こ)の無上宝聚(むじょうほうじゅ)を辛(しん)労(ろう)も無(な)く行功(ぎょうく)も無(な)く一言(いちごん)に受(う)け取(と)るは信心(しんじん)なり。不求自得( ふぐじとく)とは是(これ)なり(御書一七三九)と仰せになっています。


「無上」とは此れ以上勝れた教えが無いという「最も勝れた」という意味です。日蓮正宗の信徒はこうした仏法上の最高、最勝の功徳を受けているのです。
さらに日蓮大聖人は「御講聞書」に、
法華経(ほけきょう)の極理(ごくり)とは南無妙法蓮華経(な んみょうほうれんげきょう)是(これ)なり。一切(いっさい)の功徳法門( く どくほうもん)、釈尊(しゃくそん)の因行(いんぎょう)果徳(かとく)の二法(にほう)、三世十方(さんぜじっぽう)の諸仏(しょぶつ)の修因感果(しゅういんかんが )、法華経(ほけきょう)の文々句々(もんもんくく)の功徳(くどく)を取(と)り聚(あつ)めて此(こ)の南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)と成(な)し玉(たま)へり(御書一八五九)と教えられています。

久遠の御本仏たる法華経文底の釈尊の修行を始め、悟りや果報を含めて、一切が南無妙法蓮華経の七字の中に納められているのです。
日蓮大聖人の建立された御本尊を信ずる人は此の御本仏と三世十方の仏の仏因仏果を頂く事が出来るのです。
この御本仏の極理に基づく宗旨は日蓮正宗以外には無いと確信して下さい。(妙光寺通信・法華講の皆様へ)

面白いのはこの論拠として引用している日蓮遺文が御義口伝・御講聞書共に偽書とされている事です。そういう怪しげな日蓮に仮託した文書を使って証拠としているのが、おかしいですね。

特に「久遠の御本仏たる法華経文底の釈尊の修行を始め、悟りや果報を含めて、一切が南無妙法蓮華経の七字の中に納められているのです。」などと自信たっぷりですが、インドのヒンドゥー教の創造神と似てます。

ブラフマー神は宇宙の創造の神で、仏教に取り入れられた時は梵天
古代インドにおいて万物の根源とされた「梵・ブラフマン」思想を神格化したもの。バラモン教の時代は最高神とされた神さまです。

この神を崇めるために呪文を唱えます、aum(オーム)といいますが、インドの諸宗教において神聖視される呪文です。オームは分解すると「a」は維持神ヴィシュヌ、「u」は破壊神シヴァ、「m」は創造神ブラフマーを表し、全体として三神一体(トリムールティ)の真理を表すものとされ、全ての根源ともいわれてます。

ヒンドゥー教は日本に渡ってきませんでしたが、密教など形を変えて潜り込んできました、日蓮思想も題目は実質マントラ真言)ですし本尊を対境としたり密教の影響は大きいですので、知らないうちにヒンドゥー教と兄弟みたいなもんになってたんですね。