正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

同じ発想でどれが一番?

日蓮の遺文にも偽書のたぐいには根源からの多くの垂迹思想が見えます。

「我が釈尊法華経を説き顕はしたまひしより已来、十羅刹女と号したてまつる。十羅刹と天照大神釈尊日蓮とは一体異名にして、本地垂迹の利益広大なり」(産湯相承書。偽書

と説いており、この偽書では全て一体であると宣言しています。ところが諸天善神とする釈迦と法華経の行者(日蓮)を守護する守護神との関係については

■「曰く『久遠元始の天上天下唯我独尊は日蓮是れなり。久遠は本、今日は迹なり。三世常住の日蓮は名字の利生なり』と。(百六箇抄)
■「彼々の仏と神とは其の身異体なれども、其の心同心に法華経の守護神なり」(諫暁八幡抄・真蹟)

と説いており、印度に現れた釈迦と日蓮とは過去においては一体であり、時間と場所の差異で名称が違うとの発想です。そういう考え方は守護神においても見られて下の諌暁八幡抄では、仏と神は一体ではなく、体は異なっていると説いているが、心は同じということで変化球の垂迹でしょう。

印度・中国・密教にみられる森羅万象の根源

この手の代表的なものは密教ですが、大日如来の存在は大乗仏教の多くの創作仏典が現れたせいで、集約するために出てきた必然的な仏教の根源思想の現われです。

大宇宙すべての現象の根源となる仏であり、「法身仏」とも呼ばれています。 真言宗をはじめ密教世界で本尊とされ、教義の中心に位置するのが大日如来です。
「光り輝き、あまねく照らす偉大な仏」という意味があります。 漢訳では「大毘盧遮那仏」とも言います。
高野山比叡山など、密教の聖地では大日如来がまつられています。
大日如来は宇宙の真理や根源を意味する仏で、この世も森羅万象、すべての自然や生命が大日如来の現われであると考えられています。また、仏教の各宗派で語られる仏・如来、菩薩などはすべてその化身とされています。
「法身」とは宇宙の真理や法則を体現するものという意味です。したがって大日如来はすべての仏・如来の根源であり、大日如来が象徴する仏法(秘密の法)を直接学ぶことが密教の信仰に中心になります。

真言宗を開いたり空海によれば、究極の真理から現象世界に流れ出てくるのが、「智の法身」です。この智の法身を手がかりとして、宇宙の真理を深く認識し、密教の深い智慧を実践することによって大日如来の世界と融合することが、真言宗における修行の眼目となります。これを「即身成仏」といいます。(真言宗・観音寺)

まぁ、ほとんど日蓮が参考にした思想と同じなんですが、この思想の淵源は印度の土着思想のバラモンで有名なシヴァ神への賛歌にシンプルに収められています。 

om 根源なる意識よ。

om bijam.

あらゆる想いの種は 展開されて 万物の姿形となりゆく。
根源なる意識は 宇宙の全てに浸透し、万物は 内に純なる光を秘める。
om シヴァ神という御名により あらゆる創造プロセスを担い全てを現象となさる 全能なるお方よ。
ミチミチとせし純粋の 根源なる『ム』と、この世(被造界)のつなぎ目に始まりを置き、1000の御名で呼ばれるごとくあらゆるエネルギーを現象化なさるお方よ。(光と祝福 シヴァ神の賛歌)

この賛歌のキモは「想いの種は 展開されて 万物の姿形となりゆく。」とか「あらゆる創造プロセスを担い全てを現象となさる全能なるお方よ。」とかに森羅万象の根源が現れています。おとなりの中国にもこういう根源思想はあります。

太極に収斂する陰陽五行

太極とは、陰と陽を兼ね備えた、宇宙の本体とされるものである。

中国には古くから、すべての物を陰なるものと陽なるものとに分けてみる陰陽説(陰陽五行誡)が広まっていた。天が「陽」、地が「陰」で、男性を「陽」、女性を「陰」とするような形で、中国の知識人はあらゆるものに陰陽の区別があると考えていた。ところが太極は、陰陽の区別を超越する存在とされていた。陽なる天と陰なる地が分かれる前の宇宙の万物の元始(初めのありさま)が、太極であると考えられたのである。

ゆえに太極は陰なる要素と陽なる要素とが、ちょうど良い形に融け合った理想の姿をとるとみられていた。中国人が好む図に、太極図がある。これは、陽である自と陰である黒が一体になったありさまを示すものだ。

日蓮さんの偽書に見られる根源思想はこうして並べるとそんなに特異ではないですが、汎用的なものであることが分かります。しかし重要なのは、こういう思想は仏教と真反対ということですね。