正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

ビミョーなすり替えなのか?

日本仏教の常と言いながら、根源思想はある、道教や中国思想との折衷もある、そんなんで仏教といえるのかどうか・・?
であるに関わらず日蓮遺文では法華経に依ると言うか、自説で成仏すると太鼓判押しています。

■「相構え相構えて強盛の大信力を致して、南無妙法連華経臨終正念と祈念し給えへ、生死一大事の血脈是より外に全く求ることなかれ。煩悩即菩提・生死即涅槃とは是なり。信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり」(生死一大事血脈抄・真蹟なし)

■「正直に方便を捨て但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて、三観・三諦即一心に顕はれ、其の人の所住の処は常寂光土なり」(当体義抄・真蹟なし)

■「いきてをはしき時は生の仏、今は死の仏、生死ともに仏なり。即身成仏と申す大事の法門これなり」(上野殿御家尼御返事・真蹟なし)

■「その上、即身成仏と申す法門は、世流布の学者は皆一大事とたしなみ申すことにて候ふぞ。なかんづく、予が門弟は万事をさしおきてこの一事に心を留むべきなり。建長五年より弘安三年にいたるまで二十七年のあひだ、在々処々にして申し宣(の)べたる法門繁多なりといへども、所詮はただのこの一途なり。」(妙一女御返事・真蹟なし)

しかし、最初こそ日蓮法華経がサイコーといいながら、諸宗を罵倒しました。その理由は末法に適した法ではないからですネ。もう一つは五時八教で釈迦の真意は法華経であると言い切ってます。

■「日蓮は、諸経の勝劣をしること華巌の澄観 ・三論の嘉祥 ・法相の慈恩 ・真言の弘法にすぐれたり。天台伝教の跡をしのぶ (偲)ゆ へなり。」(開目抄・真蹟)

■「夫れ、智者の弘法三十年、廿九年之問は玄文等の諸義を説て、五時八教 ・百界千如を明かし、前き五百余年之間の諸非を責め、並びに天竺の論師未だ述べざるを顕わす。章安大師云く、天竺の大論尚其の類に非ず。震旦の人師何んぞ労はしく語るに及ばん。」(観心本尊抄・真蹟)

その法華経には題目唱えなくても成仏のお約束が書いてあります。
一つ目は、法華経方便品の中に「若有聞法者 無一不成仏」とあり、この法を聞く者は一人として成仏しない者はいないとあります、聞法成仏ですね。
二つ目は、譬喩品中に「尚於此経 以信得入」この経(法華経)に於いては、信じることから入らないといけませんであれば、仏果を得るとあり、寿量品には「勿於此生疑」疑うことなかれ。信じることで、これも仏果を得ると経典にはなっています。