正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

念仏は嫌いったら、嫌い。

日蓮さんは法華経の中で説かれた内容を他の経典の説相を批判するために比較検討よりも、法華経が絶対正しい。という思い込みで例えば阿弥陀経の中に説かれた舎利弗釈尊から三十六回呼びかけられるが一言も発しない。

こういう事例を引いて舎利弗阿弥陀経の附属を受けたが、一言も発せず、成仏も許されなかったと先の下山御消息に書いてます。

「若し善男子、善女人有りて、阿弥陀仏を説くを聞き、名号を執持すること、若しは一日、若しは二日、若しは三日、若しは四日、若しは五日、若しは六日、若しは七日、一心不乱なれば、其の人命終の時に臨んで、阿弥陀仏は諸の聖衆とともに、現に其の前に在す。其の人終わる時に心顚倒せずして、即ち阿弥陀仏の極楽浄土に往生することを得ん」(下山御消息・真蹟は断片)

ようするに法華経に来てやっと成仏の記別を得たんだと経典利益の格差を上げる事で勝劣を決めたようです、そういう発想は問答を前提とした「早勝ち問答」という門下の教育用のテキストみたいなものにも反映されています。

一義に云く止観の念仏は法華を誹謗するか、一義に云く彼に文段を問う可し、一義に云く止観に依つて浄土宗を建立するか。
問うて言う。天台の摩訶止観に念仏を説いている。
答得て言う。一義には法然に立てた念仏は堕獄と決めて、止観の念仏を問うのか。
一義には、止観所立の念仏は西方浄土念仏と同一なのか、それとも異なるのか。
一義には、止観所立の念仏は法華を誹謗しているのか。
一義には、止観のどの文段か、と問うべきである。
一義にな、止観によって浄土宗は立てられたのか。(早勝ち問答)

これ一段目から破綻してますね。摩訶止観は法華経の教説を元に止観という修行形態の段取りを記したものですが、そこに説く止観・.観想の念仏でそこに浄土宗の建立など説かれるわけ無いですね。

行に支障が出て、進まないという者に、やってみてはと奨めている行です。竜樹も大智度論で劣機の修行者に「易行」として奨められてきた、ちゃんとした行法です。

こういう常識破りの発想で、併存がありえない経典を横に並べて批判するのはちょっとゲリラが過ぎます。

逆にこれ、浄土宗側からの意見を横に並べると、結局元となる教判の違いになって、どちらが優秀かなど問えるものではないんですが、それをやってしまうところがゲリラ戦法の日蓮さんらしいですね、まぁ王道ではなく邪道ですけど。