正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

阿弥陀さんのキャリア

阿弥陀如来の存在については明治の早い時期から研究が続けられて印度の土着ヴィシュヌ神との関連が指摘されていましたが、中村元氏の研究では

阿弥陀仏思想は、根本仏教から本生経の成立を通して発生してきたものであろう。

すなわち、釈尊の覚った縁起の法とは、仏の出世未出世にかかわらない法界常住の法であるが、この釈尊の正覚内容に念じられていた理想的、妙有的仏陀は、いつでもどこでも現在している法であり、仏陀である。

この釈尊を超えて現在する仏陀を崇拝の対象としているところに、大乗仏教の立場がある。

阿弥陀仏思想の発生は、当時のインドの思想や、さらにはインド以外の思想の影響もあろうが、基本的には、この釈尊の正覚内容に念じられていた法が開顕されて、阿弥陀仏となったのであり、「これが阿弥陀仏の最も根源的な相である」と論じている。(『東西文化の交流』・中村元・昭和40年・春秋社)

こういう歴史的背景を踏まえて大乗仏典に取り入れられたので各仏典を横断して3分の1にも上る登場回数となったようです。
こうした人気のある阿弥陀如来を大正期には既に金子大栄氏がこう哲学的に論じています。

大乗仏教とは釈尊以前の仏法を念じたものであって、阿弥陀仏の教法は釈尊以前の仏教にほかならない、という立場に立っている。

そしてこの阿弥陀仏を、自己の存在の内奥に向って沈潜することによってとらえようとする、すなわち、時には「阿頼耶識は宿業であり、宿業の主体が阿頼耶識であります」というが、また「阿頼耶識というものと法蔵菩薩というものとは、思想的に深い関係をもっている」ともいって、阿頼耶識法蔵菩薩として理解しているのである。(彼岸の世界・金子大栄)

こうした近年の研究成果にたいして何ら考慮せずに相変わらず阿弥陀如来よりも久遠の釈尊が先んじると論じている教団があることは情けないと思いますよ。