正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

梵網経で大乗戒

最澄が南都の戒壇に対抗して作った大乗戒の元ネタとなったのは梵網経ですが、この経典は華厳経の結経とされています。

華厳経 結経梵網経 大乗戒之を出だす」(一代五時鶏図・建治元年)

日蓮も知っていたようですね、この経典は訳者として鳩摩羅什の名前が付いてますが、ハク付けだけで5世紀ごろ中国での成立とみられています。下巻は十重禁戒・四十八軽戒をあげて大乗戒を説き、梵網経盧舎那仏説菩薩心地戒品第十・梵網菩薩戒経を元に最澄がこれに基づいて比叡山に大乗戒を構想した。これが円頓戒(えんどんかい)。

この経典の戒以外の部分について天台大師は

「梵網経は華厳教を結成す。果台を本と為し、華葉を末と為す。別して一縁の為に此の如きの説を作す。而して本末相離れることを得ず」(法華文句巻九)

と、梵網経で述べている蓮華台上の廬遮那仏について本、葉上・葉中の釈迦仏を末と立て分けるのは、一縁に応じて立てられた方便説であるとしている。
これはどういうことかといいますと、梵網経では、百阿僧祇劫の修行を経て初めて正覚を成じ、蓮華台蔵世界に住している仏(廬遮那仏)が中心であると説かれています。
この毘盧遮那は奈良東大寺の大きな仏像イメージの元で、台上の廬遮那仏が千葉(数字の千、周りにいる仏達)の上の釈迦、各の葉の中に百憶の小釈迦の本身であると説きますので、奈良の大仏はこのイメージのまま建てられていることになります。
毘廬遮那仏の住する蓮華台の周囲の千葉は即ち千の仏世界であり、廬遮那とはその一々の世界に千の釈迦となって示現し、更にその各の世界の中にある百億の世界に、百億の釈迦仏となって出現し仏道を成じたとありますので、実はこの毘盧遮那こそ本仏でインドの釈迦は迹仏とするんです。

これどこかの教団の本仏論に似てますね。