正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大乗戒と具足戒

梵網経の大乗戒の根本理念を現した偈です。これを最澄は手本としました。

「大衆、心にあきらかに信ぜよ。汝は当にこれから成仏する仏、われは既に成仏した仏なりと。常にかくの如きの信をなせば戒品すでに具足す。

一切、心あらん者は皆まさに仏戒を摂(しょう)すべし。衆生、仏戒を受くれば即ち諸仏の位に入る。位、大覚に同じうしおわる。まことに是れ諸仏のみ子なり」(梵網経・下巻)

 大乗戒の根本は「衆生本来仏なり」の言葉で言い尽くされています。如来蔵思想の中核をなす、衆生が本来仏であると信ずること、仏としての自覚に基づいた生活をすること、自己の本心である仏心に目覚めるべく菩提心を起こすこと、これらが大乗戒のが根本であり、そのため大乗戒は、仏性戒、一心戒、心地戒とも呼ばれるようです。

大乗菩薩戒とも呼ばれる戒は、菩薩としての理想の生き方を示すべく制定された大乗仏教独自の戒であり、上座部などと違って律はなく、心構えに重点が置かれているため教団からの罰則規定はほぼ無く、菩薩たらんことを望む人には男女や出家在家のちがいに関係なく等しく授けられた。つまり僧と在家の区別は当初は無かったという理想論でした。

大乗仏教を信奉する中国や日本の教団においては最初は具足戒と大乗戒の両方が用いられ、そのため出家修行者はその両方を受戒していた。東大寺の授戒は具足戒で、最澄が起こした叡山の大乗戒は具足戒を破棄するところまで踏み込んでいます。

これは中国から見ると逸脱行為で、故に遣唐使などは戒牒を必携することを義務付けられて、中国で確かに東大寺の公認授戒を受けたことを証明するものを見せて目的の修業に入った。

日本で叡山から渡海した天台宗僧侶は殆どが大乗戒のみであったので、もう一度中国で具足戒を受戒される必要が有ったことは有名な話、つまり僧侶とみなされていなかったということですね。