正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

真逆の法華経

日蓮禅宗法然・浄土宗への態度の分かる遺文にこういうのがあります。

一、天台念仏の事
止観の六に云く見思の惑即ち是れ仏法界なりと覚して法身を破せざるを念仏と名くと文。
止観二に云く意止観とは普賢観に云く専ら大乗を誦し 三昧に入らず日夜六時に六根の罪を懺す安楽行品に云く
諸法に於て行ずる所無く亦不分別を行ぜざれ。
秀句の下に云く能化の竜女・歴劫の行無し所化の衆生も亦歴劫無し文。(一代五時継図)

 簡単に意味を取ると天台宗における念仏修行のこと」については摩訶止観巻六には「見思惑は、すなわちこれ仏界であると覚って法身を破らないことを念仏と名づける」とあり、また摩訶止観巻二に「意の止観とは、観普賢菩薩行法品には『ひたすら大乗経典を暗誦して三昧に入らず、一日中、六根の罪を懺悔する』とある通り座禅を専らにしてはいけない、とあります。

ようは法華経普賢菩薩品に書かれた経典を読誦することで諸悪を懺悔して、その功徳により仏智が生ずることができることを指示していると言うのです。

止観はもともと座禅のあり方を説いたものですが、天台大師の弟子がなかなか修行が進まないので、大乗経典読誦を勧めたという背景もありますが、そこはバッサリ省いています。ところがまったく逆のことが説かれた法華経に安楽行品があります。

不楽蓄年少弟子沙弥小児。亦不楽与同師。常好坐禅。在於閑処。
(いたずらに人を集めたりして余計なことをするな、むしろ静かなところにこもって坐禅を修行すべきである:法華経安楽行品)

これを見ると天台からの流れは全く違います、むしろ静かな所で座禅をしなさいと勧奨してます。