正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

在於閑処について

先の法華経安楽行品「常好坐禅。在於閑処。修摂其心」の経文ですが、この解釈を逆の意味にとった人が聖徳太子です。

聖徳太子の法華義疏では、「禅師(小乗の僧侶)に親近せざれ」がこの部分の本当の意図だと解釈したようです。で、実は岩波文庫法華経岩本裕・坂本幸雄|共著)のサンスクリット語版の邦訳は「隠遁生活を重視してはならないし、絶えず隠遁して瞑想に専念してはならない。」となっています。

この聖徳太子の法華義疏は光宅寺法雲(467-529年)の書いた注釈書である『法華義記』を直接引用し参考としたようで、まだ法華経が27品だったころの注釈書です。素直に経典解釈書のままには読まなかったようです。

ところが、この安楽行品箇所の意味については先人の天台智顗や法雲の解釈では聖徳太子の意味とは全く反対で、「常に坐禅を好み、閑なる処に在りて、その心を摂(おさ)むることを修(なら)え」となっています。期せずしてサンスクリット語のほうが法華の大家よりも忠実だったということです。

菩薩摩訶薩、国王・王子・大臣・官長に親近せざれ。諸の外道・梵志・尼ケン子等、及び世俗の文筆・讃詠の外書を造る、及び路伽耶陀・逆路伽耶陀の者に親近せざれ。亦諸の有ゆる凶戯の相扠相撲、及び那羅等の種々変現の戯に親近せざれ。又旃陀羅、及び猪羊鶏狗を畜ひ畋猟漁捕する諸の悪律儀に親近せざれ。」
「菩薩は、国王や大臣など地位や勢力のある人に近づいてはならない。外道の法を説くものや、つまらない文筆をもてあそぶ者や、長いものに巻かれる主義の人、逆に何でも反対主義の人などに親しんではいけない。つまらない勝負ごとや、魔術などに魂を奪われてはいけない。旃陀羅や牧畜業の者や狩猟者などに近づいてはならない。」

これも、時の執権や皇帝に積極的に近づき、法華経擁護を願った日蓮や天台大師には耳にも痛い経文ですね。

太子の別の経典注釈書である『唯摩経義疏』には「国家の事業を煩いとす」とありまして『法華経義疏』に「国王・王子・大臣・官庁に親近せざれ、これ憍慢の縁なり」ともありますので、太子の言う瞑想だけに注力してはいけないという発言もなかなか多層的です。