正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

空に段階を設ける

阿含経三論宗は低い小乗の教えだからダメという背景には天台宗の「空理論」の判別があったのですが、それが壊れていたのに未だにそんままという宗派も多くあります、日蓮正宗も同じで以下の様な解説がHPに上がっています。

蔵教の空理観は、一切の事物を構成要素に分析していき、それらは因縁が尽きれば滅して空になると観る「析空観(しゃくうかん)」を説いています。

 この空理観に基づき、声聞は四諦(したい)、縁覚は十二因縁、菩薩は六度を修行して、見思惑という煩悩を断尽し、再び三界六道の苦界に生を受けることがなくなるということを蔵教の悟り(涅槃)としています。 見思惑とは、道理に迷う煩悩(見惑)と、感情的な煩悩(思惑)のことをいいます。

 これらの煩悩は、肉体があるかぎり心を惑わすものですから、灰身滅智(けしんめっち=身を灰にし心智を滅失すること)によって、はじめて真の涅槃に入ることができるとされています。 この悟りを「無余涅槃」といいます。

 このような蔵教の空理観は、現実を否定し、すべての実態をただ空の一辺のみと見るところから「但空の理」といわれ、また偏った真理であることから「偏真の理」ともいわれます。(日蓮正宗釈尊一代の教え)

この宗派も空の中に無いか有るかという分别で捉えているので、龍樹菩薩の説こうとした真理は理解できないようです。

■『一切諸行は皆空、皆寂にして、起こる者、滅する者是れ幻化にして真実有ること無ければなり。』(阿含経

■「仏は告げられた『善現よ、汝はどのように考えるか?色(物質)と幻とは異なるか?
善現答えて言った『いいえ世尊。色は幻に異なりません。幻は色に異なりません。色はすなわち幻、幻すなわち色。受(感受)想(想念)行(行為)識(心)も同じです。』(大般若経

同じことを説いているのですが、段々と変化していくさまを段階的に図式化するとこうです。

但空→我空法有の折空観(蔵教)→我法二空の体空観(通教)→空や仮とは別々に中諦が説かれるので、ここまでは隔歴の三諦(別教)→三諦円融(円教) 

大乗は本質に妙有の一面を認めるので徐々に実体的になっていきます。