正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

タイプ別修行法

法華経が持つ人と説くべき人を差別する意図のあることは譬喩品で確認できました、さらに方便品にもあります。

所謂「小善成仏」という善行が説かれた方便品の衆生救済方法ですが、以下が該当文です。

「若し、人、散乱の心にて 塔廟の中に入りて一たび南無仏と称えば 皆、已に仏道を成ぜり。」(法華経方便品)

「乃至、童子の戯れに 沙を聚めて仏塔を為れるかくの如きの諸の人等は 皆、已に仏道を成じたり。」(法華経方便品)

 この解釈について大智度論では以下のように仏道成就を賛してます。

復次に、小因にして大果、小縁にして大報あり。仏道を求め一偈を讃し、一たび南無仏と称え、一捻の香を焼くが如きも、必ず仏と作ることを得。(大智度論・巻第七)

ところが、こうした善行で誰もが救済や成仏に預かれるかというと、そうではなく方便品に説かれる様々な菩薩行を総括すると自力的な「六波羅蜜」と他力的な「仏塔や仏像等の建立と供養礼拝」の二つにまとめることができるようです。

つまり法華経を信受する人でも、自力タイプと他力タイプに分けているということですね。で、速やかさはどうかというと、結局六波羅蜜は習得に時間がかかりますので、やはり他力タイプになるようですね。