正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

法華経と違う言動

こういう日蓮独自の読み方というのがけっこうあって、遺文では経文になかったら捨てよ、とか書いてるのですが、遺文で拾うだけでも有名なのは開目抄ですね。

無智悪人の国土に充満の時は摂受を前きとす。安楽行品のごとし。邪智謗法の者の多き時は折伏を前きとす。常不軽品のごとし。(開目抄・真蹟)

ここに摂受=安楽行品、折伏=常不軽菩薩品となっていますが、この折伏の概念が経典をみると、日蓮のいうところと違うようです。

此の如く多年を経歴して、常に罵詈せらるれども瞋恚を生ぜずして、常に是の言を作す、汝当に作仏すべしと。
是の語を説く時、衆人或は杖木・瓦石を以て之を打擲すれば、避け走り遠く住して、猶お高声に唱えて言わく、我敢て汝等を軽しめず、汝等皆当に作仏すべしと。(常不軽菩薩品)

この経典では法華経を布教することによって、攻撃されたり、侮辱されたりしても、そのことを堪え忍び布教することを説いているのです、ところが日蓮の実際は遺文でも確認できるように強硬な弁舌と行動で、とても耐え忍びという状態ではなかったこともわかっています。

ところが近年の調査でこの開目抄の「常不軽のごとし」の字句が写本によると無かったという発表がされ、いまでは写本によってのみ(開目抄は既に明治八年焼失)しか推察できませんが貴重な発表です。

『開目抄』全編の写本が残っているもののなかで最古の文献となる祖滅一三四年成立の日存写本(尼崎本興寺蔵)には、「常不軽のごとし」の文はない。

また、現存最古の写本録内御書といわれる祖滅一六一年成立の平賀本録内御書(平賀本土寺蔵)には「如常不軽品イ」との記述があることが指摘される。

「イ」とは、異本または異筆の意味と思われる。その後の『開目抄』写本には、表記こそ異なるが、多くに「常不軽のごとし」の語がみえる。重要なのは日存本・平賀本の存在で、これらの事例から、真蹟の『開目抄』には「常不軽のごとし」の語はなかった可能性も考えられる。(日蓮聖人の摂折義・庵谷行亨氏)

これであれば、あの行動が納得できるのですが、それでも法華経内には折伏という言葉はないので、結局は法華経に違背している言動ということに変わりは有りません。