正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

口では否定して禅宗様に習う

日本仏教が中国の影響を大きく受けて、中国が主流・本流のように勘違いしたものの幾つかに建物と衣の色があります。

日本の坊さんは金ピカ、紫、緋の衣。宗派によって若干違いますけど、大昔は天皇から下賜された袈裟衣が僧綱・僧階(僧正、僧都、律師等)を現したともいわれてます。これは国が僧侶を管理していた証ですね。

何故色の付いた衣を着るのでしょう。中国では役人は着る着物の色、色で階級を表した。十二階級があったわけです。日本でもそういう制度を取り入れて衣冠束帯という制度を作って官位を表しています。

律令制度では玄蕃寮の監督下に置かれていた。僧正、僧都、律師からなりそれを補佐するための佐官も置かれた。
624年に設置され、律令体制の下では仏教界において重要な役割を果たした。役所である僧綱所は奈良時代には薬師寺におかれ、平安遷都後は西寺におかれた。
819年には僧綱所の定員が僧正1名、大僧都1名、小僧都1名、律師4名と定められた。
864年には僧綱の官位として僧位が定められ僧正に法印大和尚位、僧都に法眼和上位、律師に法橋上人位が与えられた。(ウィキペディア・僧綱から引用) 

それで、そういう僧侶の入る建物ですが、これもインドと中国では大きく違います。インドの僧院は屋根が丸くなっているパゴタ式、これはお釈迦さんの骨を納める宝塔から由来でああいう形です。

ところが中国に入った仏教は、国家に管理されて仏教の寺のデザインは役所の建物をサンプルとした。通常これを唐様とも禅宗様(ぜんしゅうよう)ともいいます。

特徴的なのは屋根です、先に行けば行くほどピンと上に跳ねる形です。鎌倉時代初期から禅宗寺院で取り入れられ始め、さらに武士の帰依を受けたことで13世紀後半から盛んになった様式で、当時の宋の建築様式の直写(コピペ)が目指されたそうです。

これがいまでも大部分の寺の様式になっています。もちろん日蓮正宗の本山では主要な建物は唐様(禅宗様)ですね、あれだけ他宗を誹謗しながら、そういうところは慣例に習っているのも面白い現象です。