正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大乗仏教という庇護団体

日本では仏教の根付き方が律令制度の発達とともに、僧侶という世の中からの出家制を認めてしまうと税を取れないというジレンマを抱えてました。

百姓から年貢米を取ろうとしても僧侶であれば、取れないので自称僧侶が蔓延とした時代があったようです。有名なのは行基菩薩で、東大寺勧請の時に正式に国家が認めた僧侶となりましたが、それまでは遁世の人だったんです。いまでいうニートのホームレスです。

仏教僧は国家公務員となり、僧侶としての出家は東大寺も叡山も国家が決めた人数しか毎年排出できないように組み込まれていました。

僧尼令は鎮護国家理念を維持する法令として厳格に実行されたという。だが、国家権力による統制の一方で僧綱が尊重されて教団による一定の自治も認められ、閏刑が存在するなど寺院や僧尼に対する保護の姿勢が貫かれている。

また、吉田一彦によって、私度で処罰されたのは僧侶の実体が無く課税を忌避する者に限定され、僧侶として戒律を遵守する私度僧に対しては処罰ではなく得度をさせて体制に取り込む政策が取られていたこと(僧尼令・ウィキペディア

つまり国家と仏教が一蓮托生として、国家のビジョンに宗教が合わせるように管理されていたということです。インドの釈迦の教団(サンガ)の考えとは真逆のシステムです。

一例を上げると日本のお寺では殆どの教団は托鉢はしていません。時々京都の禅宗や叡山の僧侶が托鉢に出ますが、毎日ではなく或る期間だけです。

インドや今でもスリランカミャンマーなどでは托鉢は雨の日以外は毎日で、在家の人は托鉢僧に供養することで功徳を積もうと、地面に額ずいて喜んで差し出しているようです。

僧侶は托鉢によって信者さんから施してによって成り立っている、このシステムが日本では根付かなかったのは、国家が最初から仏教を管理していたからです。

権力者がお寺建てて、そして坊さん置いて費用は国家が賄う。鎌倉仏教も最初は遁世僧となって国家からの自立を目指したようですが、一遍以外は幕府や朝廷の帰依で成り立っていたことは制度に結局組み込まれて、できなかったということです。

日蓮の国家諫暁は最初から幕府に組み込まれることを願っている上申書ですから、他宗を廃せよという国家の庇護の独占状態を狙ったという一面もありますね。