正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

庫裏という裏歴史

上座部のお寺は一定の期間居た僧侶にあてがわれる部屋は誠に粗末なものですが、日本のお寺では庫裏という別棟か本堂の近くに建てられた坊さんの住まいがあります。

庫裏(くり)とは、仏教寺院における伽藍のひとつ。庫裡とも書く。裡は裏の俗字であり、どちらも“うち”や“なか”を意味する。また庫院ともいう。庫裏は大規模寺院では独立した建物であるが、一般寺院では寺の事務を扱う寺務所と兼用となっていることが多い。一般の民家とよく似た建物も多い(ウィキペディア・庫裏から引用)

その昔、徳川幕府の時代には地域に寺院を建設する場合はその周りにお寺に付属した田圃を付けるそうです。昔の古いお寺に行くと、お寺の庫裏には玄関部分は広い土間になっていて、そこに米俵をそこに積み上げるそうです。

寺院の周りの田畑を土地を持たない小作人が寺院の土地で米や作物を作ってその年の出来高を小作料として寺に納めたときに、それを収納する倉の代わりに土間に積んだそうです。

まるで在家の地主ですが、実際的にもその扱いでその年の出来高の上納でお寺の維持や自分の弟子たちを養ったそうです。俯瞰して見れば大なり小なりの宗教施設は、結局権力者に雇われていたということです。

そこに大昔から妻帯禁止にかかわらず、大黒さんという半ば公認の女性が庫裏にはいて子供まで設ける僧侶が多数居たそうです。檀家総代はそういうことも知って上で、小作人の人別帳や墓の管理をお願いしていた歴史がずっと明治まで続いていました。