正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

涅槃経引用しても・・。

日蓮の遺文全体で一番引用の多い涅槃経では、法華経の久遠実成を引継ぎつつ、それを更に発展させて、釈迦如来は滅後においてもその存在は永遠にと説いた。これを如来常住不変易、あるいは三宝一体常住不変易、また久遠常住といいます。

さてこれを前提とすると、かなり正宗系は破綻します、なぜかといいますと「未来の世に、如来は入滅して既にこの世にいないと説く悪比丘が現れるために、この涅槃経を説く」と随所に説いているからです。

これは、このまま大きなブーメランになってしまいます。日蓮正宗系は末法では釈迦仏教は法滅し、何の効力もないと説きます。天台宗は去年の暦とまで言い切ってます。

ところが涅槃経には「末法の世にあっても、十二万人の大菩薩衆が存在し続け、法を堅持して滅ぶことはない」という一文が有り、これを否定しなくてはいけません。これを否定するために最澄に仮託した「末法灯明記」を持ちだして、「現世を離れた上位の菩薩衆の内実について語ったものである」と否定の根拠にしています。

仮託書はあくまでも仮託であって、現在では最澄が関わったものではないことが証明されています。涅槃経には以下の様な文章が残っています。

その時に世尊文殊師利に問ひたまはく、「何の因縁の故に是の大衆の中此の光明有る。」文殊師利の言さく、「世尊、是の如きの光明、名づけて智慧と為す。智慧とは即ち是常住なり、常住の法、因縁有ること無し。

云何ぞ仏、何の因縁の故に是の光明有ると問ひたまふ。是の光明は大涅槃と名づく、大涅槃は即ち常住と名づく、常住の法は因縁に従はず。

云何ぞ仏、何の因縁の故に是の光明有ると問ひたまふ。是の光明は即ち是如来なり、如来は即ち是常住なり、常住の法は因縁に従はず。云何ぞ如来因縁を問ひたまふ。

光明は大慈大悲と名づく、大慈大悲は名づけて常住と為す、常住の法は因縁に従はず、云何ぞ如来因縁を問ひたまふ。光明は即ち是念仏、念仏は是を常住と名づく、常住の法は因縁に従はず。云何ぞ如来因縁を問ひたまふ。(涅槃経)

ここには如来は即ち是常住なり、常住の法は因縁に従はず」と繰り返されています。そして念仏することを勧奨していますが、法華経の題目を唱えろ、とは書いていません。