正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

本因妙抄にみえる本仏論

大石寺の第六世日時(在位1365年2月15日〜1406年6月4日)という方の書物に伺える日蓮や日興の存在はどうなっているか調べてみました。

この方が写したとされる「本因妙抄」という法門相承の書物が大石寺に残っています。ただし真蹟から写したのか、写本なのか由来は書きつけてないそうです。

■「本覚本門常住」

■「自証不思議の体、我が内証寿量品の事行の一念三千」

■「本門を事の一念三千と云い、下種の本門法華は独一の本門、是れを不思議の実理の妙観と申すなり」

■「実理の「妙法蓮華経の観」

■「本門首題の理を取って是れを事行に用いよと」

■「観行理観の一念三千を開して、名字事行の一念三千を顕す」

■「口唱首題の理は造作無し」

■「本理の実理なり。日蓮聖人一期の大事」

■「久遠元初の自受用報身、無作本有の妙法を直ちに唱う。問う、寿量品の文の底の大事と云う秘法は如何。答えて曰く、唯密正法、秘すべし秘すべし。一代応仏の域を控えたる方は、理の上の法相なれば、則ち一部倶に理の一念三千、迹の上の本門寿量品ぞと、得意せしむる事を、脱益の文の上と申すなり。文底とは、久遠実成名字の妙法を余行に亘(ワタ)さず、直達の正観、事行の一念三千南無妙法蓮華経是れなり。権実は理なり。本迹は事なり。

■彼は応仏昇進の自受用報身の一念三千一心三観、此は久遠元初の自受用報身無作本有の妙法を直ちに唱える

■文底とは久遠実成の名字の妙法を余行にわたさず、直達正観事行の一念三千の南無妙法蓮華経 釈尊久遠名字即の位の御身の修行を、末法今時日蓮の名字即の身に移す(要法寺日辰の写本では「久遠実成多宝塔中釈尊ー上行菩薩ー日蓮ー無辺行菩薩ー日興」がこの後に追加されている)

この「本因妙抄」は弘安五年十月十一日に日蓮が日興に相承したという設定ですが、天然本性の首題妙法七字の理の一念において凡夫身即仏身という天真独朗の即身成仏を説いています。

すなわち、凡夫のあるがままの姿・天然本性に観心修行をたて凡身即仏身の即身成仏を説く思想は中古天台思想の特徴で、法華経に説く久遠実成の意は内証の意として作ろうことのない無作にして天然本性を最高とし、法華経の迹門の理に対し本門を事として強調、事の事を直達正観・事行の一念三千の南無妙法蓮華経とする思想が説かれています。

画期的なのは「仏(釈迦)は熟脱の教主、某(日蓮)は下種の法主として下種という考え方を明文化したことでしょう、ただし秘書として一般公開はされてなかったようです。この疑わしい文書には日蓮本仏論の萌芽が見えます。