正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

題名が真理

天台大師は四悉檀という仏が衆生を教導するために設ける四種の方法で本来は説くことの出来ない不可説の真理を説いたというのが五重玄の意・趣旨でした。

「悉檀とは天竺の語なり。○翻じて(翻訳して)成就、 究竟等と為す。○悉の言は遍(あまねし)なり。檀をば翻じて(翻訳いたしまして)施(ほどこす)と為す。 仏四法を以って遍く衆生に施す。故に悉檀と言うなり」(法華玄義)

とあるとおりですが、この五重玄のことを神達知純氏は「中国仏教における五重玄義の位置」で次のように概括されています。

『玄義』の「会異」では四悉檀によって三観・化法四教を起すことが 詳細に述べられている。四悉檀を根拠に三観・四教、そして五重玄義は 相互に関連するのである。(中略)五重玄義の次第は、『法華文句』の四種釈、心・仏・衆生三法の構造、さらには『摩訶止観』や『次第禅門』の構成にも重なっていくと考えられる。

つまり五重玄義がまずによって始まるのは、化法四教にて蔵教 を、四種釈にて因縁釈を、三法にて衆生法を最初に立てることと同じ思考に基づくものであろう。また同様に体から宗・用へと次第するのは、 化法四教が通教から別教へと、四種釈が観心釈を導く在り方にも通じていると見られる。

と天台大師の法華玄義に設けた法華経解釈法の五重玄の動機を「仏典の言説そのものではなく、仏の説く法を己がいかに感じ仏道修行に生かしていくかということ。そのような智顗の仏教観が四悉檀や五重玄義からうかがわれるのである。」と されています。

さてそこで日蓮の五重玄の扱いを見てみましょう。

「末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり。名体宗用教の五重玄の五字なり。」(三大秘法稟承事)

「是好良薬とは寿量品の肝要たる名体宗用教の南無妙法蓮華経是なり。」(観心本尊抄

「問うて云く総説の五重玄とは如何、答えて云く総説の五重玄とは妙法蓮華経の五字即五重玄なり、 妙は名・法、蓮は宗・華は用・経は教なり、又総説の五重玄に二種有り一には仏意の五重玄・二には機情の五重玄なり。」(十八円満抄)

経典題名の解釈法として中国仏教は吉蔵や法蔵がそれぞれ過剰なまでの題名文節解釈を施し当時の流行の系譜に天台大師の五重玄義もあり、本来はインドで策定された折の経典タイトルはそういう意味を含んでいなかったのに、中国で拡大解釈されて横道にそれてしまい、経典の内容よりも意味付けに腐心した。

その土台に日蓮法華経タイトル真理論が乗っかっているだけで、原点を見ればそれらはただの題名で、そこに意味もないことが分かると思います。