正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

再度、経題は本尊になるか?

法華経サンスクリットを中国で翻訳したのは羅什三蔵だけではないですが、不思議なのは竺法護の「正法華経」という題名で本尊は成立し得ないのか?と言うことですね。

妙法蓮華経で経題が本尊成立するのなら、「正法華経」でも可能だと思うのですが、日蓮はそれを選んでいません。その背景には天台大師の妙法蓮華経を五重玄と釈した根拠もあるでしょうが、鳩摩羅什という翻訳者のキャラも影響していると思います。

「疑つて云く何ぞ広略を捨て要を取るや、答えて曰く玄奘三蔵は略を捨てて広を好み四十巻の大品経を六百巻と成す羅什三蔵は広を捨て略を好む千巻の大論を百巻と成せり、日蓮は広略を捨てて肝要を好む所謂上行菩薩所伝の妙法蓮華経の五字なり」(法華取要抄) 

 この中で「羅什三蔵は広を捨て略を好む千巻の大論を百巻」とありますが、これは龍樹菩薩の論書は千巻あったと言うものを羅什は、百巻にまとめた手腕を買っていることを論述してます。

もちろんこの千巻→百巻の根拠は何もなく、むしろ竜樹菩薩が大論を著したかどうかも不明です。こういう希薄な根拠で妙法蓮華経を上行所伝としているのが日蓮「肝要を好む」根拠のようです。

月支より漢土へ経論わたす人一百七十六人なり其の中に羅什一人計りこそ教主釈尊の経文に私の言入れぬ人にては候へ、一百七十五人の中・羅什より先後・一百六十四人は羅什の智をもつて知り候べし(太田殿女房御返事)

と、こうあるのですが、羅什のことを「教主釈尊の経文に私の言入れぬ人にては候へ」と書いてますけど、現存する法華経梵品と照合の結果、意訳の甚だしいのは羅什版でした。難解ですが忠実なのは竺法護と言われています。つまり私の言が一番多かった人ですね。

「一切の訳人の経経は軽くなりて羅什三蔵の訳し給える経経・殊に法華経は漢土にやすやすとひろまり給いしか。
疑つて云く羅什已前はしかるべし已後の善無畏・不空等は如何、答えて云く已後なりとも訳者の舌の焼けるをば誤ありけりとしるべしされば日本国に法相宗のはやりたりしを伝教大師責めさせ給いしには羅什三蔵は舌焼けず

玄奘・慈恩は舌焼けぬとせめ(責め)させ給いしかば桓武天王は道理とをぼして天台法華宗へはうつらせ給いしなり」

「終に死し給う後焼きたてまつりしかば不浄の身は皆灰となりぬ御舌計り火中に青蓮華生て其の上にあり五色の光明を放ちて夜は昼のごとく昼は日輪の御光をうばい給いき(撰時抄:真蹟)」

どうやら羅什を用いた根拠は伝説と言われる死して後「舌焼けず」が根拠であったようです。この根拠、いまでは誰も信じていません。しかも桓武天王は道理とをぼして天台法華宗へはうつらせ給いしなり」はこの時代の歴史にそういう事実はありません、ここは日蓮の捏造ですね。