正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

日本は神国:8

延暦寺に祀られている日吉神社祭神大巳貴神オオナムチノカミ)と、大山咋神(オオヤマクイノカミ)です。叡山の史書によると日吉大社では、東本宮に大山咋神(オオヤマクイノカミ)を祀り、西本宮に大己貴神オオナムチノカミ/大国主神)を祀っているそうです。

この大巳貴神は、大国主オオクニヌシ神)で天照大神に国譲りした先住民の神で隠退して出雲大社の神となっています。後には容姿が似ている密教の神・大黒天と集合された経由があります。

最澄によって祀られた大山咋神は、比叡山の王と言う事で山王と呼ばれ、また、中国・天台宗の本山(国清寺)に祀られていた山王元弼真君(さんのうげんひつしんくん)にちなんで山王権現、日吉山王や日吉権現などとも呼ばれ天台宗が興した神道の一派を山王神道と言い、山王権現や日吉山王、日吉権現は天台宗の布教活動の中で全国に日吉分社が創建されています。

鎌倉の逗子の法性寺は、松葉ヶ谷法難の折、日蓮が白猿に導かれて避難したという場所が残されています。この白猿ですが、日吉神社の使い神が「猿」でこの日蓮のお話の虚実はともかく、こういう説話が残されています。

三世の諸仏の成道は、ねうしのをはりとらのきざみ(子丑の終わり寅の刻み)の成道なり。仏法の住処は鬼門の方に三国ともにたつ(建つ)なり。此等は相承の法門なるべし。(上野殿御返事)

叡山の日吉大社は、七百九十四年の平安京遷都に拠って都の鬼門に当たる事から、鬼門除けの神社として叡山とともに王城鎮護の屋代となっています。

こういう話を根拠として大石寺では本門戒壇堂は丑寅の方角である富士山に建つということを言いますが、日本の在来神を否定していて渡来系氏族の神を勧請肯定している矛盾はなおざりのままです。