正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

日本は神国:9

昨日の丑寅(東北)の方角や時間についての日蓮遺文ですが、他にもこの方角について論じている遺文は散見されます。 

「御本尊は薬師如来なり、延暦年中の御建立・王城の丑寅に当る、桓武天皇の御崇重、天子本命の道場と云う」(真言重勝劣事)


「瑜伽論には丑寅の隅に大乗・妙法蓮華経の流布すべき小国ありと見えたり、安然和尚云く「我が日本国」等云云、天竺よりは丑寅の角に此の日本国は当るなり」(法華初心成仏抄 )

 

「此の日本国は其の仏の世に出でまします国よりは丑寅の角にあたりたる小島なり、此の娑婆世界より外の十方の国土は皆浄土にて候へば人の心もやはらかに賢聖をのり悪む事も候はず(四恩抄)

 

「三世の諸仏の成道は、ねうしのをはりとらのきざみ(子丑の終わり寅の刻み)の成道なり。仏法の住処は鬼門の方に三国ともにたつ(建つ)なり。此等は相承の法門なるべし」(上野殿御返事)

 この丑寅は王城の方角にとか、印度からみて日本は丑寅(東北)の方角にあるので仏教に縁があるとか書いています、なお瑜伽論には丑寅の隅に大乗・妙法蓮華経の流布すべき小国ありと言う文言は存在しない。

そもそも丑寅の方角云々というのは陰陽道から出てきた話で、方位としての東北(丑と寅の間)そして、急激に暗闇から明るくなる時間帯(1時から5時まで)を仏教の無明から悟りの時間の意味をつけたのでは印度に陰陽道があったことになってしまいます。勿論そんな事実はなく、これは牽強付会な説ですね。

神道ではこの方角について鎌倉時代の神道史家である 卜部懐県賢(うらべかねたか)がこのような書物に丑寅方面のことを残しています。

「八の数は神道の尚(とうと)ぶ所なり。但し、殊に八を尚ぶのは、艮(ごん)(東北)・八世の卦であるからだ。これ即ち鬼門にて諸神鬼の出入りする所なり。故に八の数をもって殊に神道の尚(たっと)ぶ所となす。」

 神道では霊数「八」を貴ぶのは【艮(ごん)(東北)】が八卦の中の一つであり、この場所が即ち、鬼門となるということです。それ故に、神道は八(丑寅)を尚(たっと)ぶといわれています。