正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

日本は神国:11

今まで見てきますと、日蓮の日本国の神という概念はその時の為政者の定めた神観念を逸脱することはないようです。つまり記紀に記された国家の思惑の通りの神観念を受容して、日本独特の本地垂迹思想を検証することなく信じていたようです。

ただし、いい加減な所も多く、例えば八幡大菩薩を釈迦の垂迹と言ったり、阿弥陀如来だ、応神天皇の事だと多数教示してブレがあります。

八幡大菩薩応神天皇・小国の王なり」(諫暁八幡抄)

「第十六は応神天皇にして仲哀と神功の御子今の八幡大菩薩なり」(神国王御書)

「是を応神天皇と号し奉る、御年八十と申す壬申の年・二月十五日にかくれさせ給ふ、男山の主・我が朝の守護神・正体めづらしからずして霊験新たにおはします・今の八幡大菩薩是なり」(四条金吾許御文)

「此の国の主八幡大菩薩は卯月八日にうまれさせ給ふ娑婆世界の教主釈尊も又卯月八日に御誕生なりき」(月満御前御書)

「本地は釈迦如来にして、月氏国に出でては正直捨方便の法華経を説き給ひ、垂迹は日本国に生まれては正直の頂にすみ給ふ」(諫暁八幡抄)

「日本国は釈迦仏の御領なり、天照太神八幡大菩薩神武天皇等の一切の神・国主並に万民までも釈迦仏の御所領の内なる上」(弥三郎殿御返事)

八幡大菩薩をば阿弥陀仏の化身と申ぞ」(智妙房御返事)

八幡大菩薩をば世間の智者・愚者・大体は阿弥陀仏の化身と申し候(四条金吾許御文)

八幡大菩薩は本地は阿弥陀ほとけにまします」(八幡宮造営事)

こういう説示に根拠があるのかとなると八幡大菩薩をば世間の智者・愚者・大体は阿弥陀仏の化身」では俗説を引用したり、記紀の記述のまま八幡大菩薩応神天皇・小国の王なり」と書いていたり、釈迦が本地と推察したりで場当たりに書いているようですね。

日蓮が師匠と定めた最澄八幡大菩薩についてはどうでしょうか?
804年に最澄が唐に渡る前に、九州の宇佐八幡に立ち寄っていますが、その際のご託宣が、下記のとおりです。

示現して言く。「此より乾方に、香春と云ふ所に、霊験の神座まさしむ。新羅国の神なり。吾が国に来往す。新羅・大唐・百済の事を、能く霊知せらる。其の教を信ずべし」てへり。(八幡宇佐宮御託宣集)

最澄「ここから北西の方角に、香春という場所があり、霊験あらたかな神座がある。八幡は新羅の国の神様である。」八幡大菩薩新羅の国の神と断定し、この書以外にもそう残しています。

日蓮の残した八幡観は、俗説や寄せ集めっぽくあまり信ぴょう性が有りません。ちなみに信仰礼拝対象の日蓮の本尊には八幡大菩薩は勧請されています。しかし、いったいどこの国の神想定で勧請したんでしょうね?