正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

天界の神:3

天界に生じようと思えば人界で「五戒と布施」を心がければ天人として行けるようですが、天界居住を維持しようとすれば、これがなかなか至難の業です。

というのは日蓮が言うように法華経を信仰しなくてはということではなく、天界は楽しい所ですので、修行には不向き。つまり日々善業が減るばかりです。

神々の住む天界でも修行ができる場所が経典に説かれています。アビダンマッタサンガッハによるとこうです。

三十三天にある「チューラーマニ」と「スダンマ」という場所といいます。チューラーマニとは、仏舎利塔

仏舎利塔とは、タイやミャンマーなどあるブッダの遺骨を祀った仏塔です。神々の世界の三十三天にも、チューラーマニという場所に仏塔があり、ここで神々は善行を積むことができるといいます。

チューラーマニの仏塔は、エメラルドで出来ていて、ここにはブッダが菩薩時代だった頃の髪の毛と、右の犬歯が安置されているといいます。信仰心の厚い神々は、快楽を享受する代わりに、ここに参拝し花などを供養して善行を重ねるそうです。

神々は、化生(けしょう)で誕生しますので、人間のようにお母さんのお腹で受胎して成長することがありません。そしてちゃんと前世の業を憶えています。
天宮事経には、モッガラーナ(目連)が天界を訪問して神々に「あなたはどうして神々になれたのですか?」と、その質問と答えがお経として残っているということになっています。

日蓮がこういう経典の事跡を知らなかったのは、初期経典が中国では蔑如され大乗のみが正しいと偏向した解釈の論書や釈書しか見ていなかったからですね。ただし初期仏教はここを終点とするのではなく、あくまでも解脱を目指すものですから天宮事経も生天話のみを集めたものですが、その八十五経はすべて在家者の生天を説いているものです。