正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

天界の神:8

釈迦の選んだ瞑想修行はアーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタという仙人の修行法でしたが、問題は二人の仙人の指導する瞑想法を行じてたどり着くことの出来る境地が本当に解脱の境地なのかどうかということです。

釈迦は天界の無所有処や非想非非想処の境地を味わいましたが、そこに満足はなかったようです。しかし釈迦は、二人の仙人の瞑想法を退けたのではなく、その瞑想法の有効性を認めていたということのようです。

釈迦の亡くなる頃を記述した経典である南伝の大パリニッパーナ経(大涅槃経)によると、ニルヴァーナに入る時に、禅定(瞑想)の最高の状態である非想非非想処(有想無想定)、あるいは滅尽定から入ったのではないようです。

まず最初の瞑想で禅定状態に入り、色界の初禅から第四禅へ至り、さらに無色界の空無辺処から非想非非想処へと至って、さらに最後に滅尽定まで入ったことが、まず書かれています。

初禅 → 第二禅 → 第三禅 → 第四禅 → 空無辺処 → 識無辺処 → 無所有処 → 非想非非想処 → 滅尽定

今度は、逆に最後の滅尽定から、無色界の非想非非想処から空無辺処まで戻り、さらに色界の第四禅から初禅まで戻る。つまり最初の禅定である初禅まで戻ったことが記されています。

滅尽定 → 非想非非想処 → 無所有処 → 識無辺処 → 空無辺処 → 第四禅 → 第三禅 → 第二禅 → 初禅

そして釈迦は再び、色界の初禅から第四禅へ至り、この第四禅から直接ニルヴァーナ(涅槃処)へと入り、ブッダは肉体を捨て去ったと記述されています。

初禅 → 第二禅 → 第三禅 → 第四禅 → ニルヴァーナ(涅槃)

 このニルヴァーナは別名・滅尽定ともいわれ、無色界の禅定(非想非非想処)のその先に、滅尽定(滅想定、滅受想定、想受滅とも呼ばれる)となっています。この体験は瞑想とも禅定とも呼べるかどうかもわからない状態で、すべての想いが滅した状態のことを指していいます。

心の働きが一切尽きてなくなり、全く平穏静寂な、心のあらゆる動きが全く止滅した状態とされているつまり言葉にすれば涅槃寂静の状態。
想受滅では、心の状態が全く止滅し、身体のはたらきもその間ほとんど止まる。飲食や排泄は、もちろん、呼吸もほぼなくなり、心臓の鼓動も微細になり、肉体の活動全体がほぼ完全に休止状態となる。

これを外部から見ると、瞑想の体勢で座っていても、まるで生きているのか、死んでいるのか、分らないような状態となってしまうのだそうです。

解脱とは六道の外にあることになる、まさしく解き脱した状態のことです。