正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

天界の神:9

釈迦ことブッダはアーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタの瞑想法でともに説くところの最上位の状態を体験したが、解脱には赴かないとして、両師のもとを去ったということが初期経典に記されています。

「瞑想の道に見切りをつけたゴータマ・ブッダは、今度は、当時圧倒的に流行していた苦行の道に入りました。・・・。とくに熱心に行ったのは、止息と断食でした。止息行では、なんども仮死状態に陥りました。無茶な断食をして骨と皮だけのすごい形相にもなりました。」(「わかる仏教史」宮元啓一)

ということで、天界から上の世界を希求していたようで、釈迦は悟り=解脱を目指して瞑想修行から苦行に入ったようです。 

「その小食のためにわたしの肢節節は、草の節のようになった。その小食のためにわたしの臀部は駱駝の足のようになった。その小食のためにわたしの脊柱は紡錘の連鎖のように凹凸有るものとなった。

その小食のために、譬えば老朽家屋の垂木が腐食し破れているように、わたしの肋骨は腐食し破れてしまった。その小食のために、譬えば深い井戸における水の光が深くくぼんで見えるように、わたしの眼窩における瞳の光は深くくぼんで見えた。その小食のために、譬えば生のうちに切り取られた苦い瓢箪が風や熱によって皺よって萎縮してしまうように、わたしの頭皮も皺よって萎縮してしまった。そこでわたしは、腹皮に触れようとすると、脊柱をとらえてしまい、脊柱に触れようとすると、腹皮をとらえてしまった。

その小食のために、わたしの腹皮なるものは、脊柱に密着してしまった。さてわたしは、その小食によって、『わたしは糞をしよう』あるいは『尿をしよう』と思って、その場で頭を前にして倒れてしまった。そこでわたしはこの身体をいたわりつつ、掌で肢体を按摩した。すると、わたしが掌で肢体を按摩したときに、その小食のために、わが身毛は腐食したその根とともに、身体から脱落した。」(「ゴータマ・ブッダ 釈尊の生涯」)

 あの有名な骨と皮のみで落ち窪んだ目の苦行する釈迦像がこの時の状態を写しているようです。なぜ瞑想〜苦行を選んだのか?それは釈迦の在世には苦行という修行の道が、当時の人々が抱いていた人生の大問題を解決する道の一つであったようです。

「苦行を修するということは、仏教当時行われていたジャイナ教などに特徴的なものであるが、バラモン教でも一般に行われていたものである。」(「ゴータマ・ブッダ 釈尊の生涯」)

 こののち、6~7年間苦行に精進しますが、釈迦は苦行によって解脱の境地に至ることを断念し苦行を捨てて別の道を模索する過程に入ります。

次回から瞑想で天界から六道を脱するまでの過程を考察していきます。