正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

三昧境について:3

今日、大乗仏教で龍樹が確立した「空」を体験する中観思想を実践しているのはダライ・ラマ率いるチベット仏教ゲルク派(中観帰謬論証派)でしょうが、それが正しく継承して修行されているかは疑問符が多いようです。

根源の龍樹を開祖とするインド中観派は、論証そのものが目的ではなく、禅定により一切の戯論を止滅させます。

それを意識上での論証を目的とするもののみに変えたのが、中間の清弁と蓮華戒で、月称により批判されます。ゲルク説は蓮華戒説に近く論証を目的とするものとなっており、チベットでは後期大乗の密教も混在しています。

最初期の出家修行者は「不死の境地」を獲得すべく、尼僧までも虎や大蛇が出没する岩窟や森林で、ひたすら禅定を修していたということが経典に現れています。
ところが記録に残るサーリプッタ(舎利佛)が、「自己をよく修した人には森林も〔村における〕財宝も空虚なものである。この全〔世界〕は〔その人にとっては〕禅思するためのものである。」(イティヴッタカ)と宣言し、町に出て僧院で集団生活するようになったのです。
大乗仏教が初期仏教を小さな乗り物と言い、大衆から離れて山野にこもって一人の悟り(独覚)を楽しんだとよく言われますが、全く逆で托鉢をして街を歩き、精舎に帰ってからは一日一回の食事のみで戒律を守って瞑想する生活をつくったのが舎利佛です。

『多くの呪文をやたらにつぶやいていても、人は生まれによってバラモンとなるのではない。

心が汚物に汚れ、欺瞞に蔽われていては。①前世の境涯(宿命)を知り、②天上と地獄とを見、③生存を滅ぼしつくすにいたって、直感智を確立した聖者、―この三つの明知があることによって、かれこそ<三つの明知をそなえたバラモン>―となるのである。」(『サンユッタニカーヤ』)

ブッダは在家信者に対しての世俗的真理としての因果応報説とは別に、出家修行者に対しては第一義諦の真理として三明の悟りを説いていたのです。