正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

三昧境について:5

大乗仏教唯識派では、「八識」という心の機能を想定し、外的世界に存在する事物は「識」が生み出した虚妄に過ぎないと説きます。

唯識では、客観的実在としての事物・現象の存在を否定し、この世界に存在する全てのものは「心の機能(識)」が生み出したのだという基本認識を持っています、龍樹の「空思想」が空っぽの意味で取り付く島がないのに対し理論的に心の領域を明かし、心の存在性そのものも虚妄や我執として否定し、「一切皆空」の立場を改めてとるので、根源的な過去から未来に至る全ての因果が収められている場所(八識)も最期は本質や実体を持たない「空」に過ぎないと考えてます。

日本には南都六宗の一宗派として日本に伝来しましたが、あまりに難解なのと、法華経ほど人気がなく、現在残っている興福寺薬師寺の2つだけです。

この法相宗から日蓮は責められたようで、遺文にその記録が残っています。

「倶舍宗・成実宗律宗の云はく「四阿含並びに律論は仏説なり。華厳経法華経等は仏説に非ず外道の経なり」(法華取要抄・文永十一年:真筆完存)

「故に万人の謗りを捨て猥りに取捨を加う我が門弟委細に之を尋討せよ。」(法華取要抄・文永十一年:真筆完存)

 文永十一年は佐渡流罪以降ですが、法相宗に対しては以下の様な日蓮からの批判文書があります。

「此の法相宗は大乗なれども五性各別と申して、仏教中のおほきなるわざはひと見えたり。なを外道の邪法にもすぎたる悪法なり。月支・震旦・日本三国共にゆるさず。終に日本国にして伝教大師の御手にかゝりて此の邪法止め畢んぬ」(四条金吾殿御返事)

「一念三千は十界互具よりことはじまれり。法相と三論とは人界を立てゝ十界をしらず。況んや互具をしるべしや」(開目抄)

「謗実許権とは法相宗なり」(実相寺御書)

これを見ると、法相宗批判の言説が再批判されて、自分の手には負えなくなったので、弟子にその論争終結を任せているようです。

その日蓮も手にあました唯識思想ですが、この思想から過去の行為の果(結果)となり未来の行為の因(原因)となるような「一切諸法の種子」という言葉が出てきます。これは密教とも関連して、大乗仏教では大きな意味を持ちました。