正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

三昧境について:6

初期大乗仏教では三昧を重視し、般若経典ではさらに「六波羅蜜行」や「百八三昧」等が説かれていますが、法華経など主だった経典もそれを踏襲しています。

その八宗の祖である龍樹菩薩の「大智度論」には大乗の修行階梯として「十地」が残されています。

『十地経』に基づく十地(但菩薩地)の階梯
歓喜地:始めて善法の味を知り、心に多くの歓喜を生じる。
離垢地:十善道を行じて諸垢を離れる。
発光地:広くそして多く学んで衆生の為に説法し、よく(世を)照らし出す。
焔慧地:布施・持戒・多聞の徳が転(ま)た増し、その威徳が熾盛となる。
難勝地:功徳力がいよいよ盛んとなって、一切の諸魔もこれを破壊しえない。
現前地:魔を遮り、諸々の菩薩道の法がすべて現前する。
遠行地:三界遠近を去って法王の位を得る。
不動地:天魔・梵天・沙門・婆羅門の誰であれ、その誓願を動かし得ない(不退転)。
善慧地:智慧転た明らかとなり、柔軟たること増上となる。
法雲地:十方無量の世界において、雨が等しく全てに降るように、法の雨を降らす。

となっていて、大乗仏教では初期仏教の阿羅漢を批判の対象として声聞・縁覚を二乗として蔑視、仏にはなれない衆生とします。

大乗側からすれば、声聞のその理解すなわち智慧は浅い、いまだ不完全なもの、すなわち「小乗」であるという見解です。これは法華経などには強く見られて十大弟子の舎利佛や阿難、釈迦の跡をついだと云われる迦葉も阿羅漢という小さな悟りに耽溺していたと懺悔の意志を表しています。

つまり彼ら阿羅漢を否定することで六道の外に出る解脱という思想も否定することになり、大乗と上座仏教では法(色・心・空・縁起)についての理解やそれに伴う得果の涅槃に関する位置づけが全く違います。

何度も衆生済度のために涅槃に入らず転生する大乗菩薩と涅槃を三界の外に起き二度と輪廻しない思想は別物と言えます。